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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/戻り川心中(その2)

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     「藤の香」を読み終わり、ぼくは、ふうっと息を吐き出した。

     実によくできたミステリだった。色街を舞台に殺人事件が起こるという、一見どこにでもあるような話なのだが、ある登場人物を介在させることで、情景のすべてがくるりとひっくり返されてしまう。

     背負い投げというも鮮やかだった。

     しかもこの作家、やたらと文章がうまい。流麗というか、するすると物語の世界、大正の一時代に入り込まされてしまう。それもどこか異次元の大正世界というか……。

     こんな感覚を覚えたのは久しぶりだった。日本でしか書けないミステリだ、ぼくはそう思った。いや、正確には、日本人しか書けない幻想日本を舞台としたミステリだ、と。

     ぼくは続く「桔梗の宿」も読んだ。

     これも色町の話だ。胡散臭い男が絞殺死体で発見される。死体の身元はすぐに割れたが、犯人が特定できない。刑事が聞き込みに回ることになる。謎だったのは、死体が握っていた白い桔梗の花だった。やがて、刑事の前には、最重要容疑者が、同様に桔梗の花を握った死体となって現れるのだが……真相は意外としかいえないところにあるのである。

     よくもこんなことを考えつけるものだ、ぼくはパンチを食らったときのように頭がふらふらしてくるのを覚えた。

     「桐の柩」「白蓮の寺」……ぼくは夢中でページを繰った。

     そして、日本推理作家協会賞受賞作の「戻り川心中」だが。

     この架空の天才歌人を描いた短編については……未読の人のために書くわけにはいかない。知っておくべきことといえば、文庫本のあらすじ説明に書いてあることだけで十分だ。

     しかし、その内容ときたら。

     ぼくは、脳天を、鐘撞き堂の撞木で打たれたかのごとき衝撃を覚えた。真相を読んだとき、頭の中でぐわんぐわんという音が鳴り続けたかのごとき錯覚を感じたほどだ。

     このショックは、読んだ人でないとわからないであろう。写真でいうネガとポジの反転とはこういうことか、とぼくは思った。

     読み終えたとき、ぼくは虚脱状態になっていた。

    「コーヒー、おかわりを注ぎましょうか?」

     舞ちゃんにいわれて、初めてぼくはわれに返った。

    「気つけにエスプレッソを一杯ほしいんだけど」

     カップを舞ちゃんに渡したぼくは、半ばぼんやりとしながらいった。

    「すごいな、この本」

    「でしょう」

     舞ちゃんは、得意げにぼくのカップにエスプレッソを注いだ。

    「わたしも、大好きな本ですよ」

    「日本語が理解できてほんとうによかったよ」

     ぼくは心の底からいった。

    「この本にめぐりあえただけで、今日は本当にいい日だった」

     ぼくはエスプレッソをすすった。

     だが、そんなぼくの思いをぶちこわすような事態が、この後起こるとは誰が考えただろうか。

     がらんがらんがらん、と店の扉が開いた。

    「……で、ツイスト博士、そのときのあいつの顔ときたらこれがまた。誰がどう見たって高嶺の花だって相手に突撃するんだもん、玉砕してふられるのも当然というか当たり前というか……」

     ぼくの顔がこわばった。

    「で、それでこれからがケッサクなんだけど……」

     ぼくと、おしゃべりの主、井森の視線が交錯した。井森の顔もこわばった。

    「あっ、お前、いたの……?」

    「いたのじゃないだろ」

     ぼくはどんな事態に直面しているのかわかってしまっただろう舞ちゃんの目を見ずに注文した。

    「本はいらない。スパゲティナポリタン大盛りのダブル。タバスコつきで」

     日本語が理解できたのをこのときほど後悔したことはない。今日の予定はやけ食いに変更だ。

    (この項終わり)
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    ~ Comment ~

    Re: 矢端想さん

    アマゾンでは講談社文庫版が1円から出ているんですけどねえ……。

    連城先生は最近では「人間動物園」という長編を書いて読者をあっといわせたそうですが未読です。

    トリッキーじゃない作品は恋愛に流れる傾向もあるらしいですな連城先生。

    とにかく、手に入れたら読んでみてください。「戻り川心中」で腰を抜かすはずです。ミステリ史上に残る作品であります。

    NoTitle

    今頃すんません。

    「戻り川心中」読んでみたくなって本屋を探したのですが、これだけが(だけってこたあないだろが)ないっ!

    とりあえず本屋さんにあった短編集の表題作「嘘は罪」というのだけ立ち読み(←オイ)してきました。

    なるほど、並々ならぬ言語感覚をお持ちの方でいらっしゃるようです。

    Re: semicolon?さん

    このいずれも花をテーマにした連作、「花葬」シリーズを読まないのはミステリファンとしては痛恨事のひとことであります。(「戻り川心中」はもとは「菖蒲の舟」というタイトルになるはずだったそうで)

    シリーズは「戻り川心中」「夕萩心中」の二冊にまとまっていますが、いずれも劣らぬ名作ぞろいです。

    作者の構想どおり全十編揃っていればかっこよかったのに、雑誌「幻影城」の廃刊もあって八編で打ち止めになっちゃった。

    未だに残念(^^;)

    反省

    著者の名前で食わず嫌いでした。
    いや、なんとなくなんですがね。
    37の短編を借りたばかりだというのに・・・。
    好きそうな予感?!

    Re: limeさん

    「感動」と「ショック」はちょっと違います。

    「戻り川心中」は、どちらかといえば「ショック」のほう。

    人間ドラマも魅せるのですが、その奥に隠された作者の大胆不敵なトリックに、頭をブン殴られたようなショックを受けたものです。電車の中で「なにぃーっ!」と叫びそうになりました。

    「探偵小説は芸術たりえるか」に完璧な解答を出してみた一作、というところですね。

    ちなみにわたしが座右の書にしている名ブックガイド「東西ミステリーベスト100」(文春文庫)では、そうそうたるメンバーを押さえ、日本篇で9位に入っていました。それほどの傑作であります。

    新人賞のほうですが、

    そのためには資料を読まねばならんッ!

    しかし世の中には面白い本が多すぎるッ!

    いいかげん書け自分ッ!(^^;)

    とりあえず、今日から三十分「とにかく投稿小説を書く」時間を作らないとマジでなにも進まない悪寒が(^^;)

    それをじりじり比率を上げていって、最終的に完全シフト……うまく行かせないといろいろと時間的にひどい状態に(^^;)

    がんばります。

    ちなみにこれまで大小6回投稿して、どれも一次審査すら通らずに全ボツ。世の中甘くない(^^;)

    しかしこれからわたしが書くホームズ・パロディの連作短編は、発表されれば必ずや全ミステリ界を震撼させて爆笑させてみせるであろうッ!(くらいの大望を抱いていないととても数百枚の原稿を投稿するだけの根性が続かない。うむむ(^^;))

    NoTitle

    そう、ポールさんは、悩みぬいて書いたラブレターを、結局出せずに破いてしまう、純情青年ですもんねwww.

    「ぼく」がこんなにも感動する展開って、どんなんだろう。
    気になる・・・けども、まだまだ他を読む余裕がない><

    ああ、人生、短すぎます。
    秋沙さんが読んだら、感想聞こう^^

    で、けっきょく毎日こうやって更新されてますが、投稿小説を書く時間は、捻出できてますか??だ、だいじょうぶですか?

    私も一度は投稿ってやってみたいと思うものの、そしたらきっとブログを止めなければならないなあ・・・なんて思い、あきらめています^^;

    Re: 秋沙さん

    ここで登場している「ぼく」は、作者本人ではありませんってば(^^;)

    だいたい、わたしが「戻り川心中」を最初に読んだのははるか昔の浪人中でしたし。

    そもそも、高嶺の花にアタックして玉砕するだけの根性があれば、今ごろはこんな淋しい生活なんかとほほほほ(^^;)

    Re: ぴゆうさん

    喫茶店で軽食といえばナポリタンですよね。

    そしてたいていハズレなの(笑)。

    雨がこちらでも本格的に降ってきました。

    これで120ミリとか降ったら……とほほです。

    NoTitle

    はははは、高嶺の花にアタックして玉砕したんだね?そうなんだね!?

    いやそれにしても・・・
    ちょっと「レディージョーカー」は置いといて、「戻り川心中」読んじゃおうかなぁ~('-'*)フフ

    NoTitle

    なんかナポリタンが食べたくなった。
    無性に・・・

    今は雨は降っていないけど、夕方からザバザバらしいぞ。
    いやじゃのうーー
    昨日の強い雨にも果敢に立ち向かっていた豆軍団。
    玉砕豆が一豆もいない。
    すげぇーー
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