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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/深く静かに沈没せよ!!(その2)

     ←趣喜堂茶事奇譚/深く静かに沈没せよ!!(その1) →黄輪さん範子文子小説!
     ぼくは呼吸困難を起こしていた。

     舞ちゃんは、オムライスの皿が載ったお盆を手に目を丸くしていた。

    「お客さん……そんなに面白いですか? その漫画……」

     笑いすぎで息をするのも難しいなか、ぼくはなんとか呼吸を整えて舞ちゃんに答えた。

    「ぜえ、ぜえ……ええ、く、くだらな……。カフェオレの前に、み、水ください」

     ぼくは、舞ちゃんから氷水の入ったコップを受け取ると、ひと息に飲み干した。

     ようやく人心地のついたぼくは、肩で息をしながらページを開いた。

    「こんなひどいブラック・ジョークは、めったにないですよ。よくもまあこんなことを考えつくものだ」

     井森は、西風の漫画から顔を上げた。

    「そんなに面白いのか、その漫画?」

    「すごい。まだ途中までしか読んでないけれど、第二話の、『輝け! 第1679回 日米対抗貿易不均衡合戦!!』のネタがひどすぎる。いい意味で」

    「この漫画がいいのは」

     捻原さんがカードをまとめて箱にしまいながらいった。

    「映画の『フルメタル・ジャケット』に出てくるハートマン軍曹じゃないけれど、全てのものを平等にバカにしていることでしょうな」

    「そうですね」

     ぼくは、スーパー・カーキャリアーの勇姿を思い出して笑いをかみ殺した。

    「聖域がないのがいいですね。戦争を描くのに、日本も、アメリカも、ロシアも、とにかく目につくありとあらゆるものを皮肉り、笑うことによって、戦争という行為のマヌケさとバカバカしさと悪辣さとセコさが浮かび上がってくる……そして狂気も」

     ぼくは本を閉じて、オムライスとカフェオレの置ける場所を作った。舞ちゃんが、オムライスの皿を置いてくれた。黄色い薄焼き卵に、真っ赤なケチャップがかかり、卵の端からはオレンジ色のチキンライスが顔を覗かせている、伝統的なやつだ。ここまで伝統的なやつは、最近絶滅したと思っていたのだが、こうして出てくると、妙に嬉しい。

     さっそく、ケチャップを卵の上に伸ばして、薄焼きにされた卵焼きごとチキンライスをほおばった。

     うまい。

     ケチャップで絵や文字なんて書くのは、この芸術品に対する侮辱でしかないだろう。

    「……かといって、この作者たちは、いわゆる『平和主義者』の主張のうさんくささにも決して無関心ではない。好戦的なやつらと同様に、平等にバカにしている……。これだけ右も左もタカもハトも公平平等にバカにしきると、実に爽快ですね」

    「喜んでいただけたようで嬉しいです」

    「これ、いつの作品ですか?」

     ぼくは奥付を見た。

    「平成5年……?」

    「雑誌に載ったのはもうちょっと前、日本がバブルに踊っていたころです」

    「ううん……」

     ぼくはオムライスをもぐもぐやりながら何度もうなずいた。

    「余裕があったんでしょうかね、そのころの日本は」

    「……余裕?」

    「ええ」

     ぼくは、出てきそうで出てこない言葉を空中から引き出そうとした。

    「なんというか……国民の怒りを、あえて一点に集中させないでもいいだけの余裕です」

    「学生さん」

     捻原さんは、ポケットから一セント硬貨を取り出した。

    「余裕は、探せばどこにでもありますよ」

     捻原さんは親指で、見事に一セント硬貨を空中にはじき、手の甲で受け、素早くもういっぽうの手で覆った。

    「表か、裏か?」

     ぼくには、捻原さんがなにをしようとしているのかよくわからなかったが、とりあえず答えた。

    「表」

     捻原さんは手をどけた。

    「当たりです。この硬貨は差し上げましょう。わたしのいいたいことはおわかりだろうと思いますので」

    「は……はあ」

     ぼくは、自分でもなぜかわからないが、厳粛な気持ちで、その一円ちょっとの価値しかない小さなコインを受け取った。



     ……………………



    「過激なものは常に穏健なものに勝つ。あんな過激なギャグ漫画読んだせいで、ほかの漫画が薄味に感じてしかたない」

     次の日の朝、大学へ向かう道すがら、ぼくは昨日と同じように街宣車を迂回しながら井森にこぼした。

    「それでもやたらと表情は明るいじゃないか」

     ぼくはポケットの中で作った握りこぶしを、井森の前に引き出していった。

    「ぼくは何枚コインを握っている?」

    「わかるわけないだろ」

    「カンでいいよ」

    「……一枚」

     ぼくは手を広げた。三枚の日本の通貨があった。

    「残念。はずれだ」

    「なにがいいたいんだお前?」

    「どんな状況になろうとも、ぼくらには、いくらでも遊ぶ手段があるということさ」

     そしてぼくは、いつでも笑うことができるのだ。

     どんなものをも。

    (この項終わり)
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    ~ Comment ~

    Re: 秋沙さん

    戦時中にきつい戦争風刺マンガを堂々と新聞に載せていたイギリスって、やっぱりすごいと思います。

    人間最後は、『生命力』と『余裕』だと思います。余裕のないところに生命力なし。

    NoTitle

    へぇぇぇ興味ある。

    いや~~~、まさに今、そういうブラックジョークを言える余裕が、日本全体に無くなってますよねぇ。

    Re: limeさん

    どうも、ミリタリーファンになればなるほど、実際の戦争については厭戦主義者になるみたいです。そのバカバカしさと不毛さをいやというほど実感するからでしょうね。

    しかしそれにしてもこの漫画のブラックジョークはすごいです。

    「よく聞けアメリカ! それ以上こちらに武力輸出(注:作中の日本側による『戦争』の呼びかた)を続けると、この原子力動力の打ち上げ花火がアメリカに落下して不幸な事故を誘発することになるぞ!」
    「やめてください先輩! それは核戦争ですよ!」
    「核戦争ではないッ! これは『戦争』でも『核兵器』でもないからであるッ! 世界に対する貢献! 『平和のための努力』として原子力を使うのだッ! すなわち『原子力の平和利用』ッ! したがってこれは正しいことであるッ! これが日本の理論ッ!」

    一度でいいからこんなきついブラックジョークを飛ばしてみたいものであります。

    ここまでくるとある意味、立派な「反戦マンガ」としても通用するのではないかと思います。内容はバチあたりの極北ですが……。

    NoTitle

    興味深い漫画ですね~。
    戦争はどんな形にせよ、美談にしてはならないと考えていました。
    アメリカの戦争映画を見終わった後、釈然としないものを感じてからは、戦争映画は、あえて見ないんですが・・。
    (まあ、単純にドンパチが苦手で)
    戦争というものを客観的にみて、そのバカバカしさを提示するってすごいなあ~。
    なかなか勇気がいりますげどね^^

    どんな状況でも余裕って大事ですね。
    そんなユーモアを受け入れる余裕。
    その余裕がないから、戦争なんてもんが起こるわけで。
    余裕って、大事だな~~。

    と、いいつつ、作品に行き詰まってて、今、余裕のない私です^^;
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