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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/清里高原殺人別荘(ビラ)(その1)

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    「なんだいこの本」

     ぼくは、舞ちゃんがカフェオレといっしょに運んできてくれた本のタイトルをちらっと見て、不満の声を上げた。

    「なにか変なところでも?」

     舞ちゃんはその大きな目でぼくを見ると、その手にある本に視線を落とした。

     ぼくはうさんくさそうにその本のタイトルを見た。

    「清里高原殺人別荘」。ご丁寧に、別荘には、「ビラ」とルビがふってある。しかも、新書版のノベルズだ。

     どこからどう見ても、凡庸な、二時間サスペンス原作本にしか見えない。

    「たしかに、ぼくは、『なにかミステリを一冊』と希望したよ。でも舞ちゃん、ぼくの好みは知ってるだろ」

    「存じてますよ。とにかく、本格ミステリは、読んでびっくりすることが好き。トリックは大胆不敵に越したことはない。嫌いなのは、本格推理小説などといいながら、ただの観光案内風鉄道小説になっているような、ひねりもなんにもない小説……」

    「わかってるじゃないか」

     ぼくはうなり声を上げた。

    「こりゃ、どう好意的に見ても、観光案内小説としか思えないよ。清里高原だろ、殺人別荘だろ」

    「作者はご存知で?」

    「梶龍雄、だっけか? 古本屋かどこかで見たことがあるけど、どんな人だったかは……」

    「乱歩賞作家ですよ」

    「江戸川乱歩賞? ああ、あの、週刊文春が毎年、ミステリのベストテンを決めるときに八百長投票をやって、無理やり一位にしてベストセラーに仕立て上げるあれだろ」

    「それは歪んだ見かたですよ。最近の文春のベストテンは妥当な作品が選ばれています」

    「それでもさ」

     ぼくはこの、かなり古そうなノベルズを見た。

    「このセンスから見るに、その……梶龍雄だっけ? その活躍した年代は、JICCの『このミステリーがすごい!』で文春が方針転換を余儀なくされる前だろ。なんとなく、うさんくさいんだよなあ……」

     舞ちゃんはちょっと気分を害したようだった。

    「いいでしょう、お客さん」

     舞ちゃんは、ぼくの目の前に、本とカフェオレのマグカップを載せた盆を置いた。

    「賭けませんか?」

    「賭けるってなにを」

    「この本を読んで、お客さんがびっくりするほうに……そうですね、お客さんがお持ちの、文庫に落ちていないハヤカワSFシリーズを一冊」

     ハヤカワSFシリーズ。それは、早川書房がSF文庫を始める前に出していた新書のシリーズで、今は全部絶版になっている。ぼくも古本屋で買ったのを何冊か持っているが、文庫に落ちていないシリーズというと……一冊しかない。フランク・ハーバートの、『21世紀潜水艦』惜しい。あれは惜しい。

     しかし、ぼくは物欲に負けた。

    「いいだろう。受けよう。こっちが展開を全部読みきって、ちっとも驚きもしなかったら、サンリオSF文庫の、そうだな、ミシェル・ジュリの、『熱い太陽、深海魚』をいただく。これでどうだ?」

     いくら『趣喜堂』がマニアックな本を取り揃えているとはいっても、ここまでマイナーな本は一冊くらいしかないだろう。

     舞ちゃんは、大きく息を吸い込むと、いった。

    「いいでしょう」

     かくて、この、無謀ともいうべき賭けが成立することとなったのだった。

     ぼくは、勝利を確信していたが、気が重かった。

     タイトルからして、どう考えてもつまらない小説を読まなくてはならないのだから。

     話は、冬の清里高原のとある別荘に若者たちが集まるところから始まる……。

    (この項続く)
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    基本的なことをお忘れのようだよワトスン君。

    「傑作は高くなってそうでもない作品は安くなる」傾向にあるのさ。

    梶先生、傑作もたくさん書いているけど、若者描写が苦手だったらしく(というか昔のモラルで(当時の)現代若者を書いていたり、(当時の)若者のはやり言葉や口調をそのまま書いていたりするので)たまに読むのがつらい作品が出てくるのであります。

    中でもわたしが読みたい本にはやっぱり500円以上の価格設定がありまして、送料込みで1000円もすると、見送りたくなってしまうのでありますとほほほ(^^;)

    だったら図書館に頼んで他の図書館から取り寄せてもらうほうがいいかな、と。しかしそれには1ヶ月以上かかるのが当たり前で……。

    悩ましいところであります(^^;)

    まあその前に89円で「送料入れて400円! 高い!」と思ってしまう自分の懐具合と貧乏人根性をなんとかするべきかもしれん。とほほほ(^^;)

    Re: limeさん

    基本的なことをお忘れのようだよワトスン君。

    「傑作は高くなってそうでもない作品は安くなる」傾向にあるのさ。

    梶先生、傑作もたくさん書いているけど、風俗描写が苦手だったらしく(というか昔のモラルで(当時の)現代若者を書いていたり、(当時の)若者のはやり言葉や口調をそのまま書いていたりするので)たまに読むのがつらい作品が出てくるのであります。

    中でもわたしが読みたい本にはやっぱり500円以上の価格設定がありまして、送料込みで1000円もすると、見送りたくなってしまうのでありますとほほほ(^^;)

    だったら図書館に頼んで他の図書館から取り寄せてもらうほうがいいかな、と。しかしそれには1ヶ月以上かかるのが当たり前で……。

    悩ましいところであります(^^;)

    まあその前に89円で「送料入れて400円! 高い!」と思ってしまう自分の懐具合と貧乏人根性をなんとかするべきかもしれん。とほほほ(^^;)

    NoTitle

    あの、女の人の表紙ですよね?
    うん、スルーするかな・・・。

    でも、今、アマゾン見たら、その作者の文庫版、中古で安いのいっぱいあったんだけど、違うのかな?↓

    http://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=sr_nr_p_n_binding_browse-b_mrr_2?rh=n%3A465392%2Cp_27%3A%E6%A2%B6+%E9%BE%8D%E9%9B%84%2Cp_n_binding_browse-bin%3A86139051&bbn=465392&ie=UTF8&qid=1306320074&rnid=625256011#/ref=sr_nr_p_lbr_three_browse-b_0?rh=n%3A465392%2Cp_27%3A%E6%A2%B6+%E9%BE%8D%E9%9B%84%2Cp_n_binding_browse-bin%3A86139051%2Cp_lbr_three_browse-bin%3A%E6%A2%B6%E9%BE%8D%E9%9B%84&bbn=465392&ie=UTF8&qid=1306320250&rnid=2217675051

    しかし・・・うーん、タイトルがやっぱりちょっと、どうかと思いますが・・・。どれも。

    Re: limeさん

    この本1988年の作品なのですが、このタイトルでこの表紙(お暇でしたらぐぐって探してみてください)だったら、わたしは機械的にスルーしますね。

    だから当時のわたしも華麗にスルーしました。

    この本を読んだのはつい一年ほど前で、胃袋がでんぐり返るような衝撃を受けたのを生々しく思い出します。

    それ以来、梶龍雄先生の本を探しているのですが……かなりの数を書いている乱歩賞作家のはずなのに一冊残らず絶版、アマゾンでもけっこうなプレミアがついている本ばかりなのよこれが(;o;)

    とほほほ。

    NoTitle

    >本格推理小説などといいながら、ただの観光案内風鉄道小説になっているような、ひねりもなんにもない小説・・・

    って、すごくよく分かるwwww
    私もあまり読みたくないですw

    本のタイトルって大事ですよねえ。
    そこで光らせなきゃあ。

    でも、どんなびっくりがあるんだろう。
    ネタばれ無しで、それを表現するポールさんを見たい!

    Re: ねみさん

    お持ちでしたら大事にすることですね。

    前にアマゾンで1万円を超えるプレミアがついているのを見たことがあります。

    まあ、再刊されて値崩れする前に売ってしまう、という手もありますが。

    Re: 秋沙さん

    この本はタイトルだけで9割損してます(^^;)

    いいミステリなんですがねえ。

    っ…?

    家にあったような気がする……。

    探してきます。

    NoTitle

    あははは、ほんと、2時間サスペンスみたいなタイトル!

    「僕」がどうびっくりさせられるのか(もう決めつけている)、楽しみだぁ~!
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