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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/清里高原殺人別荘(ビラ)(その2)

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     まあ、たしかに、つまらなくはない本だが……。

     ぼくはページを繰りながらカフェオレを思い出したようにすすっていた。

     面白くもない本だな、こりゃ……。

     話は、冬の日、雪の中を、とある大学に通う大学生たちが、犯罪事件を起こして逃げてくるところから始まる。清里高原にある、学生のひとりの家の別荘に、しばらく身を隠そうという魂胆なのである。

     だが、別荘についてみると、無人のはずの屋内に、ひとりの妖艶な美女が……。

     そして、学生たちは、なにものかによって、ひとり、またひとりと命を失っていくのであった。

     こうした、外界に向かって閉じられた環境で起こる連続殺人事件を扱った小説(もちろん連続殺人事件でないこともあるし、殺人事件ですらないこともある)を、「吹雪の山荘」ものとか、「クローズド・サークル」ものとかいうが、このパターンのものの弱点として、殺されていく人間がどんどん増えるごとに、犯人の目星もどんどんついていく、ということがある。

     その点をミステリ史上もっともうまく処理したのが、例のミステリの女王、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」だということに異存がある人間はまずいないだろう。あれは本格ミステリというよりもサスペンスだが、その無類のサスペンスは今読んでもじゅうぶんに新しい。

     ほかにも、エラリー・クイーンの「シャム双子の謎」とか、有栖川有栖の「月光ゲーム」から始まる一連のシリーズとか、名作傑作はいくらでもあるが、たいがいのパターンでは、殺される人間の数は限定されている。

     どうやら、この作家がこの作品で狙っているのは、クリスティの「そして誰もいなくなった」のようなサスペンスではないかと思うのだが。

     ぼくは舞ちゃんにカフェオレのおかわりを頼み、気のない調子でページを繰った。

     そして……。

     最終ページまであとわずか、となったところで、ある登場人物がひとことの言葉を述べた。

    「な、なんだってーっ!」

     ぼくは思わず叫んでいた。叫んでから、口を覆ったが、もう遅い。

     舞ちゃんが、こっちを見て、にっこりしながらVサインを作っていた。

     く、くそう……。

     ぼくは完全にこの作者の術中にはまっていたのだ。

     そうか、そうだったのか。まさかこんな方法があったなんて!

     ぼくは、実家の書庫に大事にしまってある「21世紀潜水艦」に羽根が生えて飛んでいく姿を思い描いて泣きそうになりながら、それでも十二分に満足して本を読み終えた。

    「負けた」

     ぼくはカフェオレを口にした。

    「『21世紀潜水艦』は今度もって来るよ」

     舞ちゃんは、がっかりした、とでもいいたげにかぶりを振った。

    「なんだ、『21世紀潜水艦』ですか。それなら、うちの書庫には三冊ありますよ。この店にも一冊置いてあります」

    「えっ……」

    「せめてハル・クレメントの『超惑星への使命』くらいのことはいってくれるものだとばかり思ってましたけど」

    「そこまでマニアじゃないよぼく!」

    「じゃあ、そのかわりになにをしてもらいましょうか……?」

     ぼくはいやな予感がした。

     それからというもの、ぼくは『趣喜堂』で、鍵のかけられた本棚をにらみながらひたすらコーヒーミルを回す作業を命じられた。

     もちろん、その本棚には「熱い太陽、深海魚」が鎮座ましましているのだ。

     舞ちゃんはとうぶん、ぼくにあの本を読ませてくれる気はないらしい。そもそも、ぼくにあの本を読む機会はほんとうに訪れるのか。深刻な疑念を抱きながらも、ぼくは舞ちゃんが許してくれるまで、コーヒーミルを回すしかないのだった。

     この屈辱、いつか復讐してやる! とほほほ。

    (この項終わり)
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    ~ Comment ~

    Re: しのぶもじずりさん

    その本、アマゾンでも買えません。

    ヤフオクでいくらの値段がついているか、怖くて覗きに行けません(^^;)

    電子書籍に入ったら、絶対買うなあ。端末は高いだろうけど。
    • #8086 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/21 21:45 
    •  ▲EntryTop 

    えっ!  ハル・クレメントの「超惑星への使命」を持っていたら、お宝になっていたんですか?
    引っ越しで失くしてしまいました。
    超好きだったのに。

    Re: limeさん

    この本は、読む前にその「一語」をバラしてしまったら、「台無し」になってしまうタイプのミステリなのであります。

    読んだ人間がこっそりと、「あれはすごいな」「うん、あれか」などと話してにやにやする……。

    しかも、この本、原作にして映画を作ったらものすごい傑作ができると思います。見てた人間、みんなびっくりするでしょうから。

    人間の「思い込み」がいかに視野狭窄に陥りがちかが如実にわかる小説でしたもんなあ。

    これで88年の大学生の言葉やモラルが70年代的でなかったら……(笑) その前に梶先生、もうちょっとタイトルにはこだわってほしかったであります(^^;)

    編集者と時代の要請にこたえようとしたのか、お色気ものだの女子大生ものだのと無理して書きながらも最後まで本格にこだわったかたでしたが、すでにお亡くなりなのが悲しい。

    で、それで、初期作品の「竜神池の小さな死体」という作品が、これまたものすごい傑作で……。

    NoTitle

    ううう~、、。その、謎の部分だけ知りたい!
    とか言ったら、怒られそうだから言わない。

    最期の方の一言で「なんだって!」と言わせる。
    物書きの夢ですね~。
    初めてその感覚に陥ったのは、「Yの悲劇」でしょうか。
    「シャム双子の謎」も読みました。
    (初めて読んだ本の名が出てきた^^)
    でも、山火事の印象がすごくて、犯人も謎も覚えていない、ダメな私・・・。
    すぐに、読んだ本のトリックを忘れてしまう私は、不幸な読者でしょうか、幸せな読者でしょうか・・・・。

    Re: ねみさん

    小説の内容についてでしたら、この作者は、想像の斜め上を行っていると思います。

    本を持っていてアマ○ンかヤ○オクへ売るのなら……。

    うわーっうわーっそんなもったいないことを!(^^;)

    NoTitle

    ははーん。
    にやり。

    なるほどね。
    すっきりしたよ、本当。
    ふふふっ。

    Re: 秋沙さん

    あ、この本、最後にアマ○ンで見たときには、一万円近いプレミアがついてました(^^;)

    今はア○ゾンにもヤ○オクにも出物がありません(^^;)

    再刊されるのを待ちましょう。一年後か十年後か百年後か知りませんが……(^^;)

    NoTitle

    よ、読みたい・・・。

    そう言えば、「戻り川心中」も、近所の本屋にはなかった・・・。
    ア○ゾンかなぁ、こりゃ。

    覚え書き

    この本は持っていないので、図書館で借りてきたときの記憶に基づいて書いた。

    今日、図書館に行く用事があったので、そこで借りてきて細部を修正しよう、と思っていたら、こないだの地震のせいか、本は別館の保管庫入りになっていた。

    保管庫から本を持ってくるまでは、さまざまな手続きがあって一週間以上かかるとか。

    「(その1)」を書いてしまった後なので泣く泣くあきらめた。

    だから、細部に間違いがあるかもしれないが、笑って許してね。お願い。とほほほ。
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