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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/ニッサンがルマンを制覇する時(その1)

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    「で、ぼくをここに呼び出した理由はなんだ?」

     ぼくは割り箸を口で割って尋ねた。相手……井森は、レンゲを手中でひねくっていた。

     なんとなく妙な話だった。このあたりでは老舗の中華料理屋、「陽天楼」で飯をおごってくれるなどといいだしたということは、裏になにかある、と考えて間違いはあるまい。まあ、毎日の「趣喜堂」通いで、学食で飯を食うよりも食費がかかっているぼくとしては、たまの「陽天楼」のラーメンは渡りに船だった。少なくともノーブランドのカップ麺よりは、栄養も食べ応えもあるし、なんたって味がいい。

     ぼくは、運ばれてきたラーメンにコショウを振ろうとして、切れていることに気がついた。

    「青ちゃん、コショウ持ってきてくれない?」

     この店の看板娘、なんとか青秀ちゃん(姓はぼくも知らない)、略して青ちゃんは、小走りでぼくたちのテーブルにコショウの替えを持ってきた。今は高校生だけど、卒業したらやっぱり東京かどこかに出て行くのだろうか。

     ぼくは湯気を立てているラーメンを愛おしげに見ると、コショウのふたを開けた。

    「なあ……」

     井森はいった。

    「舞ちゃんにかっこいいところを見せるために、協力してくれないか?」

    「かっこいいところといわれても」

     ぼくはラーメンの上にコショウのビンを持ってきた。

    「ぼくにそんな……」

    「だからさ。人助けだと思って、おれに面白いマニアックな本を教えてくれ! 舞ちゃんがおれを尊敬のまなざしで見るような本を!」

    「えっ?」

     ぼくは、ラーメンの上で思わずビンを逆さにした。コショウが、どっと穴からあふれ出し、ぼくのラーメンはコショウだらけになった。

    「やっぱりさ、思うわけだよ」

     井森は頭を抱えていた。

    「お前や舞ちゃんや捻原さんや、たまに馬庭さんが、おれの知らない本の話をしているのを見ると、マンガばかり読んでいるおれは、なんか仲間はずれにされたような気がして……」

    「西風先生のマンガは面白いじゃないか。少なくとも、同じ車マンガでも、頭文字Dなんかを読むよりは、よっぽど舞ちゃん好みだと思うけど」

     ぼくは真っ黒くなってしまったラーメンのスープを恨めしげに見て割り箸を突っ込んだ。コショウまみれになってしまった麺は……まあ食えないこともないが、スープは遠慮しておいたほうがいいだろう。ここまで真っ黒になってしまったスープなんか飲んだら、翌日のトイレが怖い。

    「それでもさ、おれとしては、それなりにものを考えている大学生、としてのイメージも印象づけておきたいわけだよ。だから、舞ちゃんが、あっこの人意外と渋い趣味なのね! なんて思ってくれる本を注文すれば、好感度もアップするんじゃないかと思って」

     井森は目の前のチャーハンにはなかなか手をつけなかった。この店のチャーハンはうまいのだが……。

    「渋い本はいくつかあるけど、ぼくもそこまでマニアじゃないから、お前が読んで面白いものとなるとねえ。お前、車が大好きだから、車の小説を選んだほうが自然な流れじゃないかな」

    「うんうん」

     井森の目は真剣だ。ぼくは、やはりラーメンじゃなくてチャーハンにしとくんだった、と思いながら、ぼんやりと考えた。

    「車が出てくる面白い小説で、誰もが認めるのはギャビン・ライアルの『深夜プラス1』だな。怪しげな実業家とその秘書を護衛してリヒテンシュタインに行くために、もとレジスタンス闘士と、腕利きのボディガードが、シトロエンに乗ってヨーロッパの道をひた走る話だが……」

    「『深夜プラス1』か」

     井森はメモを取っていた。こういうことになるとマメなやつである。

    「車が出てくる忘れられない、面白い作品といえば、スティーブン・L・トンプスンの『A-10奪還チーム出動せよ』だな。冷戦時代、東ドイツ領内に落ちた飛行機から、NATOの最新技術を組み込んだ機材を回収するため、天才ドライバーが高性能の車をかっとばして、敵だらけの東ドイツ国内を突っ走る、というストーリーだ。もちろん、上からはヘリが、地上からは東ドイツの諜報部の車が、執拗に執拗に追いかけてくる」

    「謀略ものとか陰謀がからむものばかりだな」

     井森は眉をひそめた。

    「純粋に、人がレースを楽しむようなものってないのかよ」

    「お前ね、ぼくの趣味はミステリとSFだよ。スポーツ小説じゃないんだ。そんなスポ根みたいな都合のいい小説が……」

     あった。

     三十分後、ぼくと井森はふたりしてうなずき交わしながら、「趣喜堂」のドアをがらんがらんがらんと開けた。

    「いらっしゃいませ」

     舞ちゃんが、微笑んでぼくたちを迎えてくれた。

     井森が瞬間湯沸かし器のようになる。

     おい、井森、そんなことでどうする。ぼくは、井森の足をぎゅっと踏んだ。

     井森は正気に戻った。

    「こ、コーヒーをブラックで。それと、こ、高齋正(こうさい ただし)先生の、『ニッサンがルマンを制覇する時』、もしあったら持ってきてくれないかなあ」

     いいぞ。がんばれ井森!

     ぼくは背中から無言で声援を送った。

    (この項つづく)
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    ~ Comment ~

    Re: 矢端想さん

    牛丼食いに行こうかな……(^^)

    NoTitle

    牛丼にはもちろん溶き卵もかけます。紅ショウガも載せます。そして七味をたっぷりかけます。薬味の類はみな入れないと気が済まない(←単に貧乏性)

    ・・・なんで牛丼の話に?

    Re: TAMAさん

    受けていただいてありがとうございます。こちらこそ、これから急いでリンクいたします。

    「マントヒヒ村上」、あれだけの爆笑作を次々と書くのはさぞやたいへんだろうと思います。

    これからもおたがいがんばりましょう!

    Re: ねみさん

    ほんとに、どこで見たんでしょうねえ~(^^)

    気のせいじゃないですか?(^^)

    隣町にある姉妹店もよろしく(笑)。

    はじめまして、TAMAと申します

    「マントヒヒ村上」のTAMAです。相互リンクの件、とても光栄です、ありがとうございます。さっそくリンクさせていただきました。
    お返事が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。メールのチェックを怠っていて、ポール・ブリッツさんからのメールも気がついていませんでした。本当に申し訳ありません。
    あと、お返事はこちらのコメント欄でよろしかったでしょうか・・・もしも主旨とちがうようでしたら、このコメントは削除していただいて大丈夫です。

    それでは、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
    失礼します。

    Re: 矢端想さん

    牛丼は溶き卵をかけて食べるものと決まっているのに!

    島本和彦先生の本格ボクシングマンガ(「仮面ボクサー」ではない)を読んで以来、牛丼には卵をかけて食べているのに!

    むむう。これだけは譲れん。(なぜに牛丼の話に?(^^;))

    Re: ミズマ。さん

    えっそうですか?

    この娘は書いたとおり、本名を青秀(チンシウ)といって、中国系の娘なのですが。

    どなたかと見間違いかと(笑)

    Re: limeさん

    たぶん、この作中の「ぼく」の頭の中には、例の「高嶺の華」のイメージが未だに残っているんでしょう。

    意外と純情、というより、ストーカーみたいなやつですな、「ぼく」(笑)。

    今回は趣味丸出しで行きます(^^)

    ん?
    気のせいでしょうか、何か
    ものすごい店の名前に既視感が。

    看板娘の青ちゃん……?
    ん?
    なんか聞いたことあるぞ……?

    どこで見たんだっけなぁ?
    あれ……?
    思い出せないぞ?

    NoTitle

    ソースや醤油ではやりませんが、胡椒や七味をやけくそみたいにかけて「辛えー」とか言いながら食べるのは結構好きです。
    学生時代、後輩が牛丼を七味で真っ赤にするのを見て、「なっ、何やってんだ!?」「これが美味いんですよ」
    ・・・それ以来、僕も牛丼はそうやって食べてます。

    ・・・えっ?お呼びでない?・・・こりゃまた失礼いたしまし・・・たっ!

    あれ?
    その中華料理屋さんも看板娘の蒼ちゃん、じゃなかった、青ちゃんにも覚えがあるような気がするんですが(笑)


    うーん、ラーメン食べたくなってきたなぁ。

    NoTitle

    がんばれ、井森。
    ・・・あれ、でも、いいのかな?舞ちゃんを取られちゃってもww

    まあ、井森君ならその心配はないでしょう。

    しかし今回も、マニアックなタイトルが飛び出しましたね。
    どんな本なんでしょ。
    ポールさんの脳内書庫を、いっぺん覗いてみたい・・・。
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