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    ささげもの

    短期集中連載企画:選ばれなかったものの英雄譚5

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    「とりあえず、これはなくさないで、肌身離さず持っていてください」

    「これが?」

     ターヘレとフィロンは、それぞれの手のひらに乗せられた、首飾りをまじまじと見た。

     水中活動に造詣の深い専門魔術師が、解説を加えた。

    「あなたたちが、水の中で生きていくために必要な道具です。使い方は、首にかけるだけでいいです。あなたがたの肌の周りに、目に見えない薄くて強靭な膜ができて、それが、水圧から守ってくれます」

    「水圧って?」

     ターヘレが首をひねった。

    「水中で物体にかかってくる水の重さです。単純にいってしまうと、海底で、あなたがたは、頭の上に、山ひとつぶんくらいの高さの水の柱を乗っけて動くことになりますから」

    「そ、そんな。それじゃ、魚なんて、みんなつぶれてしまうじゃないですか」

     慌てるターヘレに、魔術師は丁寧に説明した。

    「いや、さっきのは、単純にいいすぎました。海底では、力学の法則にしたがって、その場にある物体の上下左右四方八方から、ほぼ同じ大きさの圧力がかかってきます。魚がつぶれないのは、その中身がいっぱいに詰まっていて、圧力に抗しているからです。それが証拠に、深海魚が浜に打ち上げられると、目や内蔵が飛び出たりしてるでしょう。あれは、浅海や地上に出てきたことで、かかっていた圧力がなくなったからです」

     砂漠生まれのターヘレには、イメージがよくつかめないらしい。

    「じゃ、人間が、これなしで潜ると?」

    「人間は、肺や内臓など、身体の中に空気が溜まった空間をいくつも持っています。それがぎゅーっと四方八方から押されるわけですから……あっという間に、潰れて死んでしまうでしょう」

    「……じゃ、この鋼鉄の球も?」

    「そうです。深海にたどり着くまで、あなたたちを水圧から保護し、呼吸ができるように特殊な空気を補給するためのものです。えーと、それからこの二粒の丸薬もお渡ししておかなくては」

     魔術師は、赤と白の丸薬を取り出した。

    「白いほうは、あなたたちに水の中でも呼吸ができるように、自然な形でさっきの特殊な空気、正確には魔法による『精気』を発散する薬です。飲めば、胃でゆっくりと溶けて効果を発揮します。あまりに深い水中では、この地上でわれわれが吸っている空気をそのまま送ったのでは、身体に重大な被害が出ることがわかっておりますので。本来なら、もっと用意したいのですが、この丸薬は、ここにこうして持ち出すだけでも王と貴族全員の署名がいるほどに貴重なものなのです。替えはありません」

    「赤いほうはなんですか?」

     ターヘレは、うさんくさげに丸薬を見た。

    「苦しまずに死ねる薬です。白い丸薬が溶けきったときに使います。白い丸薬は、だいたい溶けきるまでに半日……」

    「馬鹿にするな!」

     ターヘレは赤い丸薬を叩きつけた。

    「神に仕える勇者が、死を、特に苦痛ある死を恐れてなんとする! わたしは恐れたりなどしないぞ!」

     ターヘレは、憤然と船室を出て行ってしまった。

     フィロンは肩をすくめた。

    「あの人、どこか直情径行だから、この赤い丸薬は、二粒ともぼくが持っていくよ。たいした荷物でもないしね」

    「助かります。だいいち、これは……」

    「だいたい想像がつくよ。使いかたもね。その点も含めて、ほかに覚えておくことはあるかな?」

     魔術師とフィロンは話を続けた。



    「なにをぐだぐだと話していたのです」

     中空になっている鋼球の前で、ターヘレは剣を手挟んだ姿で立っていた。

    「大事なことだよ。なんであれ、人の話はよく聞け、というのが、古人の教えだしね。もっとも、古人の教えは、よく聞いた後でよく考えろ、というものだったけど」

    「で、よく考えた結果は?」

     フィロンは腰に吊り下げたふたつのランタンを示した。

    「まず、魔法のランタン。水中でも、これがあるとものがよく見えるみたい。それと、これ」

     フィロンは背中に隠していたひょうたんを取り出した。

    「なんですか、それは?」

    「薬酒だって。鋼球で吊り下げられて降りていくうちに、一杯やるようにと」

    「わたしがこんな状況で酒など飲むと……」

    「いいんですか?」

     フィロンは残念そうにいった。

    「この特殊な薬酒を飲まないと、ターヘレさん、海の底で凍死してしまいますよ。なにせこの千年以上に渡って、陽の光がいっぺんも差したことのない世界なんですから。身体で感じる水温は、北方諸国の真冬並みだと思ったほうが……」

     フィロンはそれからも渡されたいくつもの道具を見せたが、ターヘレは無言だった。

     鋼球の中では、丸まっていたオンブルが、ターヘレに向かってかフィロンに向かってか、「ニャー」と鳴いた。

     鋼球が吊り下げられるまであといくらもない。

     船の横に浮かんでいる、数体の巨大なウッドゴーレムがどれだけ鋼球を吊り下げた鎖を支えていられるか、それが勝負の行方を左右するのだと、ターヘレは思った。

     それにしてもなにを考えているかわからないのがオンブルとフィロンである。

     先行きにどこか不安を覚えるターヘレだった。
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    ~ Comment ~

    Re: ミズマ。さん

    根がSFファンなもので、舞台を海底なんかにすると、水圧とか呼吸用のヘリウムガスとか低温とか潜水病とかそういうことがどどっと頭を駆け抜けていくわけであります(^^;)

    ファンタジーとはいっても、基本的な物理法則はおおむね違わないでしょうからねえ。物理法則を変えると、世界の情景からがらっと変えないと、お前それは破綻してるだろ、とかいわれてしまう気がするので(^^;)

    ちなみに、深海まで延びるケーブルと鎖を支えるクレーンが思いつかなかったので、ウッドゴーレムに支えさせました。なぜウッドゴーレムかというと、アイアンゴーレムやロックゴーレムだと船に乗せると沈むからであります。ウッドゴーレムなら、材質が木だから水に入れればそのまま浮いてくれるので。どこまでつまんないことにこだわれば気がすむんだわたし(笑)。

    プロジェクトXみたいですね、なんか(笑)。
    「風の中のすーばるー♪」と歌が聞こえてきそうです。
    魔法でぽーん、と行くのかと思いきや、です。鋼鉄の玉とか、水圧バリア(?)とか。この研究をしてた彼は『魔王が海底にいる』と聞いて小躍りしたでしょうね。「ついに私の時代がきた…!」と。

    それにしても、この状況でも己れを失わないフィロンくんはやっぱり大物なんだなぁ。
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