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    ささげもの

    短期集中連載企画:選ばれなかったものの英雄譚9

     ←短期集中連載企画:選ばれなかったものの英雄譚8 →趣喜堂茶事奇譚/黒死館殺人事件(その1)
    「だからさ」

     船上で、ターヘレは、寒さにがたがた震えながら、砂糖と酒をいやというほど使った、舌の焼けるほど熱い、甘いお茶をすすっていた。その熱さと甘さは、かつて口にしたなによりもおいしい、とターヘレは思った。

    「人の話はよく聞け、わかったつもりになってもよく聞け、そしてそれから考えろ、って、ぼくが読んだ古代の書物にはきちんと書いてあったんだから」

    「神官長様みたいなことをいわなくてもわかるわよ」

    「まったく、危なっかしいったらありゃしない」

     フィロンも茶をすすりながらぶつぶつとこぼした。これまで押さえに押さえてきた憤懣とかいらいらとかが、無事人間世界に帰ってこれたことで一気に噴き出したらしい。

     赤い丸薬。それは、人間を苦しみなく死に導く。しかしそれは、仮死状態なのだ。人間の新陳代謝をほぼゼロにまで落として、空気の消費も、水の消費もほとんどゼロのまま、できるだけ長く『死んで』いるようにするのが目的の薬なのである。

     だから、魔術師なり治療師なりが適切な手をほどこせば、『死んで』から十日間くらいの間なら、すぐにでも蘇生させることができるのだ。設備の整った魔法寺院などでは、三ヶ月くらいならば身体に影響なく蘇生させられる。

     フィロンが恐れていたのは、『死んで』から海上に浮上するまでに(人間の身体は、水よりも軽いことは、フィロンも知っていた)、ひどく海流に流されてしまうことと、ふたりが身につけていた魔法の道具のもつ魔力の波動を、魔力感応術に経験を積んだ船の探知術師が見失ってしまうことだったが、無事ふたりとも、二日後には船に拾われていた。それもこれも、優秀な探知術師たちを乗せた二十隻あまりの海軍の船が、距離を置いて探知の網を張るため円を描くように配置されていたからである。船上での魔術師の説明を聞いていれば、話の中に出てきたことだったのだが。

    「助かったからいいでしょ!」

    「誰のおかげで……」

     フィロンは、互いの手をしっかり縛って漂流中のふたつの『死体』を拾い上げてくれた軍艦の艦長のことを頭においていたのだが、ターヘレはそう取ってはくれなかった。

    「そうよ。みんな、あなたのおかげよ。魔王を退治したのも、剣を始末したのも、わたしたちが生きて帰ってきたのも」

    「そのことなんだけどさ」

     フィロンは声を低めた。

    「な、なに?」

    「魔王を、光の剣と引き換えに、永遠に封じたのは、ターヘレさんということにしてくれないか。表向きは」

    「ちょ、ちょっと、なにをいうのよ」

    「そういう筋の、嘘八百の伝記は、ぼくが書く。これでもけっこう、詩は読んでいるから、韻文で、ターヘレさんの武勇伝を書けるだろう。まあ、ぼくはそれほど詩に天分はないけれど、後は無数の吟遊詩人たちが補足し話を面白く膨らませてくれるさ」

    「だって真実は……」

    「そのまま書いたら、どうなるっていうんだい? ぼくは、見てのとおり、勇者っていう柄じゃないし、百歩ゆずっても勇者の伝記作家、というところだ。そして、ターヘレさんは誰が見ても強くりりしい美貌の勇者だよ」

     フィロンは茶をすすった。

    「とりあえず、人間は安心しなくちゃいけない。そのためには、わかりやすい話が必要なんだ。そしてこれが大事なんだが、ターヘレさんはターヘレさんで、今回の手柄で神官長の座は確実だろう? 無理でもなんでも、なんとしてでもその座に着くんだ。そして、神殿の秘密の知識として、本当に起こったことを、そのまま神官長のみに伝わる口伝として代々伝えてほしい」

    「…………」

    「ニワトリが先か、卵が先かという話はあの場でしたよね。ぼくとしては、今回の魔王と剣の話は、剣のほうが先にあったんじゃないかと思う。剣ができたから、その副作用として魔王が呼び出されたのか作り出されたかしたんじゃないのかな。だから、今後、そのような、人間が使うには力のありすぎる剣とかアイテムとか呪文とかを人間が作りそうになったら、ターヘレさんの神殿と、そこに伝えられている勇者直伝のありがたい秘密の知識が、押しとどめてほしいんだ。そうすれば、魔王や、それに類したものの復活は、かなりの長期に渡って食い止められると思う。わかるだろ? ぼくとターヘレさんの語ったり書いたりしたものが逆だったらどうなるか」

    「誰も信じないわね」

    「そういうこと。ぼくとしては、これが最善の善後策だと思う。だから、ターヘレさんにも力を貸してほしいんだ」

    「勇者の時代は終わったのね」

    「そうだといいんだけどね。ぼくとしては、歴史というものは、神からでも人からでも、選ばれもせず語られもしない人間たちが作っていくべきなんじゃないかと思うんだ。一握りの天才や英雄が世界を動かすっていうのは、わかりやすいしかっこいいけど、どこかで決定的に間違っているんじゃないかと思うんだ……」



     伝説によると、フィロンはターヘレの冒険についての退屈な長編叙事詩を書いた後、神殿を出て学問の道に進み、最後には田舎にあるぱっとしない小さな大学で、平凡な文学部教授の職についたといわれる。講義の最中に、口癖のように、「常識を働かせなさい」といったことから、やがて誰ともなく「常識博士」といわれるようになった。

     ターヘレは砂漠に帰り、数多の仕官や求婚の話を蹴って、長い修行の末、神殿の神官長になった。その神殿は、ターヘレが死して遥か後の今でも続いている。時おり、神官長がなにかの意図をもって諸外国を訪れて王侯や指導者と会談することがあるが、その会談の内容はいっさい明かされたことがない。



     ……………………

     ……………………

     ……………………



     そして長い長い、永遠にも比すようなときが流れ……。



     ……………………

     ……………………

     ……………………



     1945年7月16日。

     アメリカ・ニューメキシコ州・北緯33.675度・西経106.475度。

    「オッペンハイマー博士、実験は成功しますかね」

    「しますね。自信があります。成功すれば、人類は巨大なエネルギーを手に入れることができますよ。戦争をしようなどとは誰も思わなくなるような、巨大なエネルギーをね」

    「秒読み続行、五、四、三、二、一……」

     はたしてわれわれ人類のもとに、フィロンはもう一度現われることがあるのだろうか?

    (完)
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    ~ Comment ~

    Re: ミズマ。さん

    本来は、歴史が流れて、どこかの国の王様か英雄が、「人類を平和にするためのものすごい力のあるアイテムを作ろう」、とするところで終わるつもりでしたが、PCに向かったところで、

    「毎度おなじみになりつつある原発の事故のニュース」

    がテレビから流れてきて……。

    これは、「われわれ自身の問題でもある」ということに気がつき、こういうSFチックな終わり方になってしまったのであります。

    これも、「ブレ」といわれてしまうんですかねえ。うーむ。

    フィロンくんは、ぱっとしない大学のぱっとしない教授になったあとも、地方に起こるさまざまな怪事件に対して名探偵をやっていそうであります。人情ものファンタジー探偵小説が書けそうだな(^^)

    ターヘレちゃんは……ちょっとむしろ彼女のほうがわたしは不安(^^;) 素直だけれど短気ですし直情径行ですし。今回の冒険で、いい意味での「政治力」と「したたかさ」を身につけてくれたらいいのですが。

    基本的に、この「ささげもの」欄に乗せた小説なりショートショートなりは、

    「どうぞ遠慮せずに持ってってください! うちのブログの宣伝にもなるので(笑)」

    ですから、悩まずにばーんと、ばーんと(^^)

    短期連載お疲れ様でした!
    そして勇者と魔王の話に決着をつけていただきまして、ありがとうございますm(__)m
    これで激しいラリーの応酬も『ポールさんのスマッシュが見事に決まって終了』ですね。
    …誰がなんの為にあの剣を作ったのか、という構想がちらほらあるんですけどね(笑)
    まあ、それは筆が向いたら書こうかなぁ。

    予告されていた通り、SFでしたね。SFエンドですね!
    まさか最後に『1945年~』と出てくるとは、です。
    私だとこのオチは思いつかなかったなぁ。母屋を乗っ取られると、自分に見えている以外の道筋も見えて、とても勉強になりますね。私だけ得したようですみません(;^_^A

    フィロンくん、あんまり文才はなかったんですねぇ。もしくはわざとつまらなくして、他の吟遊詩人の創作意欲を煽った、とか。人の話をちゃんと聞く、のは世の中の基本ですね。私はあんまりできてないなぁ。
    彼のような人が側にいると、とっても頼りになりそうですけど……時々、なにかチクリと言ってやりたくなりそう(笑)。
    友達になるならターヘレちゃんの方が……だめか。「だらしない!」とか起こられそう。
    ターヘレちゃんはやっぱり仮死状態でしたかぁ←『やっぱり』に説得力がない^^;
    彼女は頑なですが案外素直な子でしたね。たぶん良い神官さまになられたことでしょう。

    本当に最後までお疲れ様でした。母屋を乗っ取られて良かったです(*^^*)
    そのうちなにかお礼を、なにか思い付いたら、お礼をッ!


    ……この一連の連載、いただいてしまうのは厚かましいですかね……?
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