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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/クトゥルー神話(その2)

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     アクエリアスは、妙に甘かった。それがかえって喉に心地よい。

    「ぼくが思うに……クトゥルー神話は、『ゴジラ』じゃないかなあ」

    「『ゴジラ』か」

     井森がぼんやりとした目つきになった。

    「あれだろ? キングギドラやメカゴジラと戦って、街をぶっ壊すやつ」

    「ミもフタもないいいかたをするやつだな、お前」

     ぼくは井森をちらりと見た後、捻原さんにいった。

    「クトゥルー神話は、『ゴジラ』がたどってきた歴史を、そのままなぞっているような気がするんですが」

    「というと?」

     捻原さんがフォークでたこ焼きを食べた。

     ぼくはアクエリアスをもうひと口飲んだ。

    「まず、原点となる『ゴジラ』において、ゴジラは純粋な恐怖の対象でした。クトゥルー神話に出てくる神々たちも、ラヴクラフトの小説や、当初のウィアード・テイルズでは純粋な恐怖の対象でしたが……それがやがて頽落します。堕落と言い換えてもいいかもしれません」

    「堕落?」

    「ずばりといって」

     ぼくはひと呼吸置いた。

    「怪獣や神々のアイドル化です」

    「手厳しいですね」

     舞ちゃんが笑った。

    「アイドル化は、すなわち、一定のファン層に受け入れられた、ということです。ゴジラだったら子供に、怪奇パルプ小説だったらその筋のマニアに。ゴジラのアイドル化が、『キングコング対ゴジラ』や『モスラ対ゴジラ』、そして『三大怪獣地球最大の決戦』で頂点を極めたとしたら、クトゥルー神話の神々、クトゥルー、ヨグ=ソトース、アザトースといった神々のアイドル化は、一人の人物によってその頂点を極めたといえるでしょう」

    「あの人だね」

    「そうです。オーガスト・ダーレス。彼の手によるラヴクラフトの怪奇小説の再構成と再編集は、遠くのものだった神々を、人間のほうへ引き寄せ、しかも、『人間にとって対抗できるもの』としてしまったことで、神々は人間と同列のものとなってしまったのです。そこには、超然とした恐怖の対象は、もはやいなくなってしまいました」

     ぼくはアクエリアスをあおった。

    「そこには、ファンにとっておなじみの顔が、おなじみの芸をする、おなじみの世界が広がっていたのです」

    「ほんと、手厳しいですね」

     舞ちゃんが、ぼくの空になったグラスに、アクエリアスを注いでくれた。

    「そこには、ラヴクラフトがたどりつけたかもしれなかった、『コズミック・ホラー』は存在せず、『コズミック・ヒロイック・ファンタジー』というか、『コズミック・スペース・オペラ』とでもいうようなものになってしまいました。その端的な例が、ダーレスのシュルズベリィ教授シリーズや、日本の風見潤の『クトゥルー・オペラ』でしょうね。あの神々たちが、まさか子供向け……といったらまずいので、若者向けアクション小説のモンスターとして狩られ殺されるような世界のどこに恐怖が存在することができるでしょうか!」

     気が大きくなってきたらしい。

    「失礼しました。ちょっとしゃべりすぎたみたいです」

     ぼくはアクエリアスを飲んだ。

    「そういったアイドル化をさらに推し進めたのが、ゲームでしょうね」

     井森がいかにも眠そうにこっくりこっくりしている。

    「ケイオシアムの『クトゥルフの呼び声』、このゲームが和訳されてホビージャパンから出版されたときから、日本におけるクトゥルー神話は、その頽落というか堕落をさらに加速させていったんです」

    「しかし、それよりも前に、青心社や国書刊行会が精力的に当時の怪奇小説を紹介していたはずだが……」

    「影響は比べ物になりません」

     ぼくは断言した。

    「国書刊行会や、青心社のシリーズが、『クトゥルー』を題材にして当時のパルプ小説の魅力を紹介しよう、という点に力を注いでいたのに比べ、ゲームの題材として取り上げられた神々たちは、安易に、そう安易なかたちで『怪獣』や『ドラゴン』の代わりにされてしまったんです。正気度チェックが笑いのネタにされ、絵に描くことすらできないような神々のアニメタッチの絵が次々と描かれ、そして現代科学と重火器が神々の配下を次々と肉片に変えていくような作品が雨後のタケノコのように出てくるそのどこに、ラヴクラフトの神々に対する敬意がありますか!」

    「たしかに、ディーン・R・クーンツやロバート・R・マキャモン以降のモダンホラーの世界は、人智を超越した世界に住んでいる邪神たちには住みづらくなったかもしれないね。なにせ、核や気化爆弾、自動小銃からクレイモア地雷、イージス巡洋艦……たいていの敵は倒せそうだ。しかし、そんな時代だからこそ描ける恐怖というものがあるのではないのかな?」

    「違いますね」

     ぼくは首を振った。

    「それは、コズミック・ホラーの『宇宙的』という意味の取り違えです。ラヴクラフトが描けたかもしれないのは、本質的に人間には理解不能の世界からやってくる描写不能の恐怖、それが『宇宙的』の意味でしたが、それに対して今の時代の恐怖は『宇宙的』といっても、単なる『時間的空間的な広がり』を指しているだけにすぎません」

    「まあ、きみの弾劾もわかるような気がするが」

     捻原さんはまたひとつタコ焼きを口に入れた。

    「わたしとしては、ラヴクラフトのあの一連の怪奇小説は、もっと人間の本質のところから来ているような気がしてならないのだよ」

    (この項つづく)
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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    あの「不気味さ」が、

    あっ相手は「クトゥルー」だ、「ハスター」だ、と名前がついたとたんにかなりの部分が散逸してしまうように思うのであります。

    考え方の違いかもしれませんが。

    NoTitle

    ラヴクラフトの小説を読んだ時に素直に感じたのは不気味さだった。

    黒い箱の中に手を入れ、何ものなのかを探るような感覚。

    びちゃびちゃ、ぶにぶにした瞼のない生き物達の群れ。

    テレビゲームも何もない頃だったからこそ、存在し得た世界。

    今読み返したらどうなのだろう。

    蠢く生き物達の饐えた匂いがしそうだ。
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