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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/クトゥルー神話(その3)

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    「それはどういうことですか」

     ぼくはちょっといらっとして尋ねた、というより問いただした。

    「それは、ラヴクラフトの小説における宇宙的な恐怖、というものを、単なる人間の普遍的な心の動きに由来するものだとおっしゃりたいのですか」

    「あなたはゴジラを使って説明してくれましたね。それを援用しましょうか」

     捻原さんはタコ焼きを食べた。舞ちゃんもひとつ食べた。

    「いわば、あなたの言動は、最初に作られた映画『ゴジラ』を基準にして、その後すべてのゴジラ映画を断罪しているに等しい。あなたにとってみれば、昭和ゴジラの末期や、その後の平成ゴジラなどの映画は見るに耐えない映画、ということになるでしょうね。しかし、今に至るもクトゥルー神話の新作は書かれているし、それを愛する人がいる。今に至るもゴジラ映画の新作は……まあ、ファイナルウォーズ以来、作られた話を聞いていないけれど、平成ゴジラは平成ゴジラで、愛して見ている人や好きで好きでたまらない人がいるのですよ。そういう人にとって、むしろ原点は違うところにあるでしょう。しかしゴジラはゴジラなのです。クトゥルー神話がクトゥルー神話であるように。それはドラキュラの映画がドラキュラの、狼男が狼男の、フランケンシュタインの怪物が……もういいでしょう。それは堕落でも頽落でもなく、単なる『浸透と拡散』にほかならない。ラヴクラフトの神々も、浸透し拡散しうるだけの普遍性を持っていたということです。それを人間の普遍性との一致と呼んで、なにか悪いことがあるとは思えない」

    「しかし、それはコズミック・ホラーとしてのラヴクラフトの特別な地位にとっては当てはまらないでしょう。ラヴクラフトは、浸透も拡散もしてはいけないんです。それは純粋なひとつの文学上の結晶として、いや、思想的な……」

    「そうそう。それです。思想」

     捻原さんは、ぼくに銀のフォークを差し出した。

    「どうです、タコ焼きをひとつ」

    「いえけっこう。ぼくは貧乏学生ですので」

    「残念ですね。うまいのに」

     捻原さんはまた一個タコ焼きを口に入れた。

    「あなたは、たしか哲学科でしたよね」

    「そうですが」

     ぼくは、捻原さんが持っている本をにらんでいた。あの本はほんとうにただの同人誌なのか? 読みたい……ぜひ読みたい……。

    「では、ショーペンハウアーについてはご存知ですか?」

    「アルトゥール・ショーペンハウアーですか」

     もちろん知っている。哲学科に入っていてショーペンハウアーを知らなかったらもぐりだ。

    「その主著、『意志と表象としての世界』は読まれましたか?」

     ぼくは警戒した。捻原さん、ぼくをどこへ連れて行こうというのだ?

    「読んだことは読みましたが……ぼくにはよくわからなく……」

     話に退屈したのか、井森も舞ちゃんもぐっすりと眠っているようだった。おかしい……なにかがおかしい……。

    「でもこれはご存知でしょう。ショーペンハウアーにとって、カントの『物自体』がなんだったのか」

    「『意志』ですね」

     ぼくは警戒しつつも答えた。どこに陥穽が仕掛けてあるのだ?

    「『意志』はどういう存在でした?」

    「盲目的な生命衝動……」

    「対して、『表象』とは?」

    「われわれ人類が認識できる世界の姿です」

    「なにかに似ているとは思いませんか?」

    「なにか……?」

    「ラヴクラフトにとって、クトゥルーよりも重要だった神々ですよ」

    「よく……」

    「アザトースとヨグ=ソトースにそっくりではないか、といっているんです」

     ぼくは心臓が止まるかのような錯覚を覚えた。

    「なんですって!」

    「ヨグ=ソトースが『表象』で、アザトースが『意志』だとしたら、なぜヨグ=ソトースが『ひとつにして全て、全てにしてひとつ』のものでありながら、神々の王はアザトースなのかという謎が解けます。そして、なぜアザトースが盲目にして白痴の神であるのかも」

     ぼくは口をぱくぱくさせることしかできなかった。

    「いくらヨグ=ソトースが世界の全てを表象しているとしても、世界の原動力は物自体である『意志』、アザトースです。そう考えると、ラヴクラフトが『クトゥルー神話』の構想を練る際に、ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』を参考にしていたのではないか、という仮説が出てきます。すなわち、ラヴクラフトの宇宙的恐怖をひと皮むけば、そこにはどこまでも人間的な『生の哲学』が顔をのぞかせるのではないか、ということですよ」

    「それじゃあ、クトゥルーは。ハスターは。クトゥグァは……」

    「先ほどの説にのっとれば、ヨグ=ソトースという表象の海に浮かんだ、アザトースという『意志』の発現です。人間も、動物も、この世に存在する物質全てが『意志』の発現だというショーペンハウアーの説をそのまま押し通せば、クトゥルーからハスターから、『旧神』までもがすべて、アザトースという盲目の『意志』が、ヨグ=ソトースという表象として現われている現象に過ぎません」

     ぼくにはもう限界だった。

    「ぼくはそんなことを信じない!」

    (この項つづく)
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    Re: ぴゆうさん

    まあ趣味丸出しな話ですので。

    しばらく趣味につきあっていただきます。

    とはいえ明日でこの項も終わりですが(^^;)

    NoTitle

    難しい話だこと。

    クトゥルー神話が沢山の人の手により、形を変えたり色々と変化したとしてもクラインの壷のように表裏一体と見るか。
    それとも進化の木のように今では別個のものとして見るのか。

    私的には面白ければいい。
    単純な読者でござる。
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