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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/クトゥルー神話(その4)

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    「それはそうでしょうね」

     捻原さんはにこやかな顔を崩さずにいった。

    「原理主義的なクトゥルー神話ファンにとっては、ラヴクラフトは宇宙の真理に目覚めた超人であってほしいし、あろうことか『生の哲学』から着想を得た、などという仮説、聞くに耐えないというところでしょうね」

    「当たり前です」

    「と、同時に」

     捻原さんは、にこやかながらも、どこか人が変わったような感じでいった。

    「こういう説を聞くに耐えない人、というのにはもうひとつのパターンがある」

     ぼくは両手をしっかりと握ろうとした。しかし、ぼくの両手は、万力で押さえられたかのように微動だにしなかった。

    「ラヴクラフトがどこからこの『真理』を手に入れたかを知っている人間ないしその他の知的生命体、すなわち、邪神の信者です」

    「信者ですって?」

    「隠さなくてもいいでしょう。ここまできたら、わたしだって隠すつもりはない。魔術の初心者にありがちなことですが、自分が変化の術が使えるとなると、それを自分ひとりだけの専売特許のように考えてしまう。変化の術など、誰だって使える初歩の術だというのに」

    「す、すると、その本は?」

     ぼくは、視線だけを動かして、捻原さん……いや、捻原さんのふりをしていたなにものかの持っていた、古びた本をにらみつけた。

    「あなたをおびき寄せるために、わざわざセラエノの図書館から取ってきた英語版ネクロノミコンの本物です。さすがに、『アル・アジフ』を危険にさらすわけにはいかなかったので」

    「く、くそっ、お前は、誰だ!」

     ぼくは身体にかけられた金縛りを解こうとあがいた。

    「こういうものですよ」

     捻原を自称していたものは、その目に手を当てた。

    「……!」

     手のひらの上に乗っていたのは、ふたつの義眼だった。

    「貴様、ラバン・シュリュズ……」

    「君のような人間に呪文を使いたくはないが、跡を残してこの店を汚したくないのだ。留守中の店主にも失礼だしな。

     オグトロド アイ、フ 
     ゲブル エエヘ
     ヨグ=ソトース
     ンガーング アイイ 
     ズロー

     さようなら、擬似人間(ホムンクルス)くん」

     銀の黄昏錬金術会の魔道師に作られたホムンクルスであるぼくが聞けたのはそこまでだった。



     ……………………



     すっかり遅くなってしまった。

     ぼくは、指導教授から急に命ぜられた資料整理の手伝いにより、くたくたになっていた。重い本をあっちからこっちへ移し、こっちからあっちへ移す。まるで賽の河原の石積みだ。

     こういう日は、『趣喜堂』に行って、舞ちゃんのおいしい軽食とコーヒーを楽しむに限る。井森の野郎も、すでに来ているに違いない。

     『陽天楼』でラーメンを食べるには暑すぎるし、冷やし中華にはまだ早い。

     『趣喜堂』の前の道で、アイスボックスをたすきにし、傘を手に身構えている捻原さんに出会った。

    「どうしたんですか?」

    「中の気配が妙なんだ。わたしが帰ってくるまで、店は閉めてあるはずなのに、見てくれ、扉がわずかに開いている。わたしは今帰ってきたばかりなのに。それに、この壁に立てかけられている傘は、井森くんのじゃないか?」

    「そうですね。でも、ツイスト博士、なにをしてきたんです?」

    「半夏生なので、タコ焼きパーティーでもやろうかと思って、ちょっと遠出していいタコを買ってきたんだ。君、タコ焼き、好きかね?」

    「大好きですよ」

     舌なめずりして、ぼくは答えた。

    「明石焼きも好きですが、大阪風のあれ、大好きなんです。タコ焼き器、あるんですか?」

    「この前新調したんだ。舞が使いかたを覚えようと特訓中だ。だから、中にいるのは舞だけのはずなんだが……」

    「井森は変なことするやつじゃないですけどねえ。中が心配です。いちにのさんで飛び込みましょう。それ、いちにのさん……」

     中に入って、何者かが持ってきたタコにより、すでに始まっていたらしいタコ焼きパーティーについて、ぼくと捻原さんはテーブルに突っ伏してぐっすり眠っていた二人を起こして激しく問いただしたが、アルコールが入れられたアクエリアスを飲んですっかり酔っ払っていた、ということ以外はわからなかった。

     それにしても、なにを燃やしたのか、ぼくのお気に入りの席にうっすらと積もっていた灰には閉口した。ツイスト博士も、舞ちゃんも、店をやっていくからには、掃除はきちんとやってもらいたいものである……。

    (この項おわり)
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