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    クリスタルの断章

    そのクリスタルは、無限とも思える情報を記録できる情報媒体だった。現代にこぼれ落ちた微細なかけらには、小説のようなものが記録されていた……。オリジナル小説ブログです。

    海外ミステリ111位 トリプル ケン・フォレット

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     昔、なんとなく本を買い、そのままずーっと積読にしておいた本。「針の眼」がなんとなく合わなかったからなあ。今回をいい機会と思って読む。もちろん初読だ。

     で、読んだわけだが。うーん……やっぱりケン・フォレットは自分には合わない。訳者が悪いのか、元からこういう文体なのかはわからないが、「針の眼」だけでなく、この本も、このほかの本も、どれもみな、「文章が軽薄」なのである。別にライトノベルというわけではなく、このケン・フォレットという人、どんな重いテーマを描こうが、どんなアクションシーンを描こうが、どんなラブロマンスを描こうが、何を書いても「薄っぺらい」「軽薄な」「アメリカのB級テレビドラマのような」印象を受けてしまうのだ。なんというか、「スポイルされたジャック・ヒギンズ」という感じなのである。

     本書、「トリプル」は、原爆を作るために必要な放射性物質を満載した船を強奪しようとするイスラエルのスパイと、それを妨害しようとするソ連のスパイ、間に入って漁夫の利を得ようとするエジプトのスパイとの奇妙な縁と、知略の限りを尽くした頭脳戦とを描く「どうやっても面白いだろお前」というシチュエーションなのだが、これがもう読んでいてつらかった。登場人物の設定は深いところまできちんとされているのだが、読んでも読んでも、その深さが読んでいるこちらにまったく伝わってこないのである。ものすごく底の浅い人間が、頭だけで考えたことをやっているような、そういう感覚である。「人間が描けていない」という紋切り型の評はわたしは大嫌いだが、こと、ケン・フォレットの小説に関しては、その言葉がずばりと当たっているのではないかと思えてならない。ページをめくるたび、「ジャック・ヒギンズなら熱いセリフをこう書いただろう」とか、「デズモンド・バグリイだったら主人公に降りかかる苦難をこう描いたに違いない」とか延々考えてしまうのである。しかもこの本、厚いのだ。邦訳の文庫で500ページ以上あるのだ。

     さすがに四分の三も読むと、ペースが上がってきて、怒涛の海洋冒険小説になるのだが、そこまでがたいへんである。まあ、この文体が合う人にはすいすい読めて面白いスパイスリラーなんだろうとは思うけど、途中何度くじけそうになったかわからない。この軽薄さを「大ボラ」レベルにまで突き抜けるとクライブ・カッスラーのような大ウソ痛快活劇ホラ話になるのだろうが、中途半端にリアルだしなあ。

     前にも書いたかもしれないが、ケン・フォレットをいま読むならば、時事ネタで押しているようなスパイスリラーではなく、本人がオタク趣味を丸出しにして書いた「大聖堂」のほうが質量ともに充実していて面白いと思う。ケン・フォレットの小説の「軽薄」と思われる「順調にいきすぎるプロット」や「深みのまったくないロマンス」といった欠点が、「中世イギリス」という舞台になるとこれがもうぴったりとマッチし、分厚い文庫で全三巻、というボリュームがすいすい読める。

     しかし、イスラエルのユダヤ人の苦悩はみっしり描くのに対して、ソ連のスパイや亡命パレスチナ人の苦悩については「軽く流す」のにはちょっとなあ、と思う。ル・カレの「リトル・ドラマー・ガール」を読んだせいかもしれない。二つを混ぜて真ん中あたりを取るといいエンターテインメントになると思うのだが。クィネルの「スナップ・ショット」みたいなさあ。

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    鋼鉄少女伝説 17 平和

    鋼鉄少女伝説

    stella white12

    第四部 イエナ=アウエルシュタット編

     イエナの戦い 日時/一八〇六年一〇月一四日 場所/ドイツ・イエナ
     アウステルリッツの戦いで勝利したフランス皇帝ナポレオン一世は、覇権を確固たるものにせんとライン同盟を形成してヨーロッパの再編を図った。これはプロイセンにとって死活問題であり、プロイセンはフランスに宣戦布告した。二十万の軍隊を動員したナポレオンはプロイセンに侵攻、イエナにおいてプロイセン軍を撃破した。

     アウエルシュタットの戦い 日時/一八〇六年一〇月一四日 場所/ドイツ・アウエルシュタット
     イエナの戦いが行われている最中、その北方のアウエルシュタットでも戦闘が行われていた。ダヴー元帥率いる第三軍団が、プロイセン軍主力のブラウンシュバイク公軍と接触したのだ。敵勢に比べてほぼ半分の戦力しか持っていなかったダヴーだったが、冷静で果敢な指揮により、プロイセン軍に勝利した。

     イエナとアウエルシュタットのフランス軍の勝利によりプロイセン軍は壊滅。後のアイラウの戦いを経て屈辱的なティルジット条約を結ぶことになる。


       17 平和


    「平和ね」

    「そうですね、会長」

     二人の娘は、コーラのグラスを手にのんきな声でいった。一方の娘のグラスにはコーラの中に乾燥梅干しが漂っている。梅干し入りのコーラなんて考えたくもないぞ。

    「平和だかどうだか知らないけどな」

     ぼくはうなった。

    「どうして、ぼくの部屋で君たちがだべる理由になるんだ?」

     キリコとユメちゃんは顔を見合わせた。

     七月はじめの日曜日。あと二週間としないうちに夏休みだ。

     ということは、普通の高校生なら常識で考えればコーラを片手にだべっているなんてことはしていられないはずだ。なぜって? もちろん、期末テストがあるからに決まっているだろう。

    「だべるだなんて人聞きが悪いわね」

     キリコは、飲み干したコーラのグラスを振りながら、にやりと笑った。

    「わたしたちは期末テストのテスト勉強に来ているのに」

     グラスの中で、コーラの色に染まった氷がからからと鳴る。

     ぼくはがっくりと肩を落とした。

     キリコの言葉に嘘はなかった。

     二人はぼくの家に勉強に来ていたのだった。

     しかし、その勉強ときたら。

    「会長、ここの訳しかたがいまいちぴんと来ないんですが」

    「えっ、どこ? ウサギとニワトリと……ええと、ガチョウか。ガチョウは食べると罪になる、ね。これのどこが?」

    「この挿話はブリタニアですよ。しかも、楽しみのため飼うことはある、とも書かれている。あんな風土が厳しいところで。こんなこと信じられますか?」

    「それをいったら、イスラム教徒が豚を食べないという事実も説明がつかないわよ。もしかしたら卵は食べていたのかもしれないし。そこらへんは読み手の想像力しだいね。ここに歴史研究の奥の深さが」

    「『ガリア戦記』のラテン語=英語の対訳版なんてものは、大学へ入ってから読んでくれ!」

     ぼくはパソコンのタブレットからペンを離して、頭をかきむしった。電脳空間に没入して勉強したほうがはかどるんじゃないかとも思えたが、去年ウェブのニュースで読んだところによると、実際にタブレットや紙に書いて行なったほうが比べようもなく学力が身につくそうなのだ。一理あるので中古屋で安く買ってきたタブレットを愛用しているのだけれど、今日は後悔させられることになるかもしれなかった。ぼくのイライラにより、ペンが折れたりタブレットが壊れたりしかねないので。

    「だいたい、それが高校生の勉強か。ラテン語をやるんだったら大学でやってくれ。英語をやるんだったら普通に教科書か参考書を読んでくれ。高校生だったら高校生らしい勉強をしろよ!」

    「今さら文法の勉強をしてもねえ」

    「じゃ、あるだろ! 苦手としている数学とか化学とか保健体育とか! いや、保健体育はこんなところでやるなよな」

     キリコは、にこっと笑った。

    「わたしたち……邪魔?」

     その言葉に神経の一部がぶちっと切れた。

    「ああ邪魔だね! まったくもう、気が散って勉強どころの話じゃない!」

     大声を上げた。

     そこへ、狙いすましたかのようなタイミングで母さんが入ってきた。手に持ったお盆にはクッキーなんかが載っかっていたりする。

     母さんは部屋に入ってくるなり、笑いながらいった。

    「いや、いていただいていいんですよ、サッちゃんにゆめみちゃん。順昇がなにをいったとしても気にしないでいてくださいね。まったく、お友達なんか、今年に入るまでまるで来たことがないんだから」

     そこで、きっ、とぼくをにらみ、

    「順昇も! 早く謝る!」

     これじゃいったい誰の部屋なんだかもわかりゃしない。

     ぼくは仏頂面でクッキーをつまむと、口に放り込んだ。スーパーで三袋よりどりみどり激安特売の味がした。

     キリコに当たったのは自分でも悪かったと思う。

     本心が別なところにあったのは事実だから。

     ユメちゃんだ。

     ユメちゃんがそばにいると、そちらのほうに気が散って気が散って勉強どころではないのだ。

     心はよこしまなほうに流れて行こうとするし。

     だが同時に、ユメちゃんがいることが、またキリコを追い出せない理由でもあるのだった。キリコがひとりだけで来ているのであれば、とっくの昔に追い出している。ユメちゃんだけであったら、追い出そうなどという発想自体が頭に浮かばない。

     われながらどうしようもないやつだ。

    「で、順昇」

     キリコが隣に寄ってきた。

    「なにをやっているわけ?」

     ぼくはタブレットに身を伏せた。

    「なにって、勉強だよ、勉強。添削会社の作った予想問題。それを山ほどこなさなくちゃ、とてもまともな点数は望めないからな」

    「そういうもの?」

    「そうだよ、ぼくには。キリコはどうか知らないけどさ。ほら、やってみろよ、ここの和訳を」

    「めんどくさいわねえ……ええと?」

     キリコは眼鏡をずり上げて、モニターの英文を読んだ。

    「『君がわたしをここに引っ張り出したのは、わたしが、青年を腐敗させたり悪い人間にしたりすることを、故意にするからなのか、それともそのつもりなしにするからなのか?』で、合ってる?」

     タブレットを操作して解答を見る。

    「くそ、完璧だ」

     でもこんなことで負けていられるか。

    「それじゃ、こっちはどうだ?」

     タブレットにペンを走らせると、画面にアルファベットと数字が映った。ぼくがこの前買った、AIつき数学問題集ソフトだ。

    「うわ、数学」

    「これからたっぷり、試験範囲について勉強しようか」

     たじろいだキリコに、できる限りの残酷な視線を向ける。

    「順昇、確率にしない?」

    「却下」

    「会長、浦沢先輩、終わったらあたしの試験範囲もお願いします」

     ユメちゃんは微笑みながらいった。

     その表情を見ただけで、嫌なことがすうっと溶けて消え去っていく。

     やっぱりみんなで勉強するのもいいものだなあ。

     げんきんな男だといわれたらそれまでだけど、ぼくはほんとうにそう思った。

     先月のあれ以来、ぼくのパソコンから「アート・オブ・ウォー2038」はデリートされてきれいさっぱりなくなっていた。

     同様に『フォートレス』にも行っていない。キリコとユメちゃんが家にやってくることもなくなっていたのだが。

     今日になって、なにを考えたのか突然二人連れで家を訪れたのだ。

     名目は試験勉強で、もちろん勉強道具は持参していたが、そんなものではごまかされはしない。

     裏になにかある。

     そう思って警戒していたのだが、この二時間というもの二人は、高校生の通常の試験勉強、という概念からはいささかのへだたりはあるけれど、ごく真面目に勉強をしていた。

     もしかしたらキリコは、ユメちゃんをぼくに逢わせるためにわざわざこんな機会を設けてくれたのだろうか? そうだとしたらまことにありがたいのだが。

     期待の気球は少しずつ膨らむのだが、これまでがこれまでなので、気球のガスは小さく開いた針穴から入ったぶんだけ洩れて行くのだ。

     ぼくが悲観主義者なのかもしれないけれど。

     キリコをパソコンに向かわせている間、ユメちゃんの数学を見ていた。

    「だから、この対数と対数表を使うことによって、簡単に答えが求められることはわかるだろう?」

    「理屈はなんとなくわかるんですが、浦沢先輩、ちょっとまだ完全に身についたとはいえなくて」

    「それについては練習あるのみだよ。今からじゃテスト本番にはちょっとあれだけど、やらないよりもやったほうが断然いい」

     口では冷静さを保っていたが、目はちらちらと、ユメちゃんのその夢見るような瞳を観賞していた。

     自分をこう評するのもなんだが、この瞬間、煩悩の塊になっていたといっていいだろう。ちょっと気が緩めば、手のひとつも握り、その肩に手でもまわしかねない。それをしないのは、持ち前の強靭な精神力によるというよりもキリコの目を気にしているからだな。

     しかし、何度見てもかわいいなあ……。

    「……浦沢先輩?」

     ……これでキリコさえいなければ……。

    「浦沢先輩?」

    「順昇!」

     その声に、我に返った。

    「なに、ぼおっと呆けているのよ。とうとうその脳細胞にプリオンでも浸透してきたの?」

    「人を病気の牛みたいにいうな」

     恥ずかしさを隠そうと声を荒げる。

     キリコは鼻で笑って、パソコンの前の座椅子をこっちに譲った。

    「いいAIの教育ソフト使っているのね。すごく親切丁寧な解説。順昇が塾へ行かない理由もよくわかるわ」

    「そりゃどうも」

    「ところで」

     キリコは眼鏡の位置を直した。

    「最近ゲームはやってる?」

     とうとう来たか。

     ため息をつく。

    「あのなあキリコ。ぼくたちは受験生だぞ。あんな神経を使うシミュレーションゲームなんかやってられるかよ。そんなヒマがあるんなら、問題を一題でも解いていたほうがマシだ」

    「面白味がないわね。それに、別にわたしはあの『アート・オブ・ウォー2038』だなんていってないでしょ」

    「そうとしか聞こえないね」

     立て膝を立てて座ってほおづえを突くと、キリコに冷たい視線を送った。

    「だいたい、ぼくはほんとうに、ホビーとしてのコンピュータはしばらく封印することにしたんだ。そうでもしないと志望校に受からないからな。アクションでも、RPGでも、パズルでもなんだろうと、ゲームソフトなんて見たくもない」

    「見たらハマっちゃうから?」

    「うう」

     いいかけた言葉を飲み込み、ちょっとうなった。ある意味まさに図星だからだ。

    「ハマるかどうか知らないけど」

    「?」

    「しばらくぶりに行ってみない? 『フォートレス』」

     ぼくは首を左右に激しく振った。

    「行かない」

    「気分転換よ」

    「行かない」

    「MAPには立ち入らないから」

    「信じられるか」

    「ほんとうだってば。現にわたし、あのゲームのカードを持ってきてないし」

    「疑わしいな」

     ぼくは猜疑心の塊のような目でキリコをにらみつけた。

    「ユメちゃんも同じく持ってきていないわよ」

    「はい。会長のおっしゃる通りです」

     ユメちゃんは信じる。

     いや待てよ。

    「もしかしたら君たち、こっそり来る前にカードを交換して、どちらも自分のカードは持っていないけれど相手のカードは持っている、なんてことはいわないだろうな?」

     キリコは、あきれたとでもいいたいような、嘆息をもらした。いや、実際に「あきれた」といったのかもしれない。

    「順昇、なによその小学生向きいじわるクイズみたいな発想は。わたしたちを信じられないなら信じられないでいいけど、あまりヒネたことばかりいっているとほんとうに人生を過るわよ」

    「あの……いいですか?」

     ユメちゃんがおずおずと手を上げた。

    「単に浦沢先輩が、自分のカードをここに置いておけばいいだけの話なんじゃないでしょうか?」

     おっと。これは一本とられた。が。

    「だからって、どうしてぼくがあんなところへ行く理由になるんだ!」

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    船体下部・汚れ仕事・ただ今遂行中……

    ささげもの

     とにかく、内調時代、わたしが自衛隊上がりの鬼教官から徒手格闘術を叩きこまれたのは、生身の人間を相手にするためであって、けっして、ビッグフットやチュッパカブラと殴り合いをするためではない。いわんや、殺し合いをや。

    「くそっ」

     わたしはまだ安全な甲板にいる時にボーイからくすねてきた、ヤシの実を割るためのナイフを構えた。上物らしく、これだけ使っても刃こぼれひとつ示さないが、ナイフはよくても、握っているわたしの手のほうが限界に近い。

     現在わかっていることは、目の前にいるツチノコの群れをなんとかして突破し、反対側の壁についている扉の中に飛び込むことができれば、少なくとも、ここではない別のどこかへ行ける可能性があるということくらいだった。むろん、世の中はわたしの希望的観測で回っているわけではない以上、すべてをぶち壊しにする可能性というものは常に付きまとう。たとえば、扉に鍵がかかっている、などというのはそのもっとも端的なあらわれであろう。

     もちろん、考える前に自明なこともある。わたしがいるブロックは、ジャンプしても届かない高みにある、唯一ガラス張りの天井を除いては、壁も床も鋼鉄で作られた、アセチレン・バーナーでも破るのが困難そうな代物であり、部屋は息苦しいほど狭い、ということなどそれだろう。群れているツチノコは、漫画に出てくるようなフキダシにドットの目がついたようなかわいらしいものではなく、エサを丸呑みにしたニホンマムシそっくりの面構えをしているが、毒があるかどうか、浅学にしてわたしは知らなかった。ちなみに、ニホンマムシについてはよく知っている。有毒。それも神経毒を含む猛毒だ。

     迂回できるほどこのブロックにスペースはなかった。噛まれないことを信じて走り抜けるしかない。寄ってたかってきたらそのときはそのときだ。

     わたしはツチノコを蹴り飛ばすようにして走った。山歩きのときは用心のため抗毒血清を持って歩くわたしだが、船の旅でそんなものが必要だなんて誰が思うものか。

     足にちくっとした痛みが走った。蛇を振り払い、体当たりするようにして扉を開ける。わたしは外に転がり出た。

     ズボンのすそをめくった。ほっとした。蛇の咬み痕ではない。じゃあこれはなんだ。

     細い小さな金属の針が、わたしのズボンのすそに、目立たないように差し込まれていた。このモーニングは、紅グループの誇る超一流の仕立屋から調達したもので、針を差し込んで忘れるようなミスなど起こすはずのないプロフェッショナルの手を経たものである。

     すると、これはこの陰謀を企んだやつのいたずらか。

     わたしは針を胸ポケットに刺した。こんないたずらをするからには、持っていると困るアイテムか、なくすと困るアイテムかのどちらかだろう。どちらとも決めかねる今としては、捨てるリスクより持っているリスクのほうがまだ低いと判断した。なにより、わたしはいまだに生きている。即座に命を奪うアイテムでもあるまい。

     問題は、わたしと別れた紅恵美のほうだ。なんとしてでもあの娘と合流し、無事を確認しないと、わたしはたとえこの航海から生きて帰っても、あれの兄である紅隆太郎に一寸刻みにされてしまいかねない。

     わたしは通路に寄りかかるようにして歩き始めた。そうでもなければ歩くことさえ困難なほどに、疲労が体にのしかかっていた。

     それでも、やめるわけにはいかない。特に、わたしにプレッシャーをかけるようにして覆いかぶさっている、天井のはるか上にある巨大なデジタル時計が「00:01:25:33」を刻んで、カウントダウンを続行しているからには。



     船体下部に降りていったときには、わたしも紅恵美も、「偵察」のつもりだったのは確かだ。それが油断だった。階段を降りきった後にある防水ドアを開けた時、ガスが吹き出してきた。その匂いを嗅いで、正体に気づいた時には手遅れだった。

     ハロタン。

     即効性のある麻酔ガスとしては、あまりにもスタンダードな代物だ。スタンダードということは、それだけ使われているということで、ガスマスクでもしていない限りは、対応策がまったくないということと同義語である。

     一瞬で前後不覚になったわたしは、気がついたときには、銃器で一杯の部屋で寝ていた。

     壁も天井もライフルとサブマシンガンと拳銃だらけで、床には大量の弾薬の箱があった。

     わたしはそのうちの一挺を手に取って調べた。

     木型ではなかった。本物のボルトアクション・ライフルだった。わたしは機構を動かして、きちんと作動することを確かめてから、それを戻した。

     なにをさせたいかはわからないが、第二次世界大戦以前のライフルとサブマシンガンと拳銃の、「新品」をこんなに並べるなど、わたしには死者に対する冒瀆だとしか思えなかったし、そんな武器を使うなど寝覚めが悪いだけだ。

     それに、こんな形で見せつけるなど、裏になにかの意図があるに決まっている。いざ撃ってみると、三発目でボルトが破損して撃てなくなってしまうとか、そんな罠に違いない。

     わたしはこの場で唯一信頼できる武器である、懐のナイフにすべてを託すことにし、部屋を出た。

    「勇気、ポイント追加」

     そんな声が聞こえてきたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。

     部屋を出て、紅恵美を探し始めたわたしの顔にいきなり覆いかぶさってきたのは、紅恵美の罵倒ではなく、甲殻類の一種だった。

     ナイフでそぎ落としたわたしは、そいつが、映画で見たフェイス・ハガーであることに気づいた。

     銃を持ってくればよかった、と心底思ったが、取りに帰るすべはまったくなかった。

     ポーン、と音がして、上から赤い光が降ってきた。

     デジタル時計だった。「03:00:00:00」と文字盤には表示されていた。

     数字は「02:23:59:59」と変化した。

     わたしは大至急紅恵美を探さなければならないと悟った。

     そして現在に至る。



     針に何の意味があるのか、考えても無駄なことかもしれない。針なんて、あったところでどうしろと……。

     いや。待て。

     わたしはモーニングの裏地を破き、糸を一本抜きとった。その細い糸で、針の真ん中あたりを、やじろべえでも作るように結んだ。

     当たるも八卦、当たらぬも八卦……。

     わたしは糸でもって針をぶら下げた。

     針はくるくると回り始めた。回った後、針はこの斜め下の一方向を指してぴたりと止まった。反対方向は天井だから、下へ行けば何かあるに違いない。

     ダウジングというやつである。わたしはこの即席のレーダーに頼りつつ、階下を目指した。

     わたしが超能力者になったという話は自分でも信じがたいから、この針に力があるのだろう。針の示す通りに進むと、どうやら、怪物もUMAもわたしを避けていくようだった。

     やがて、わたしはひとつのブロックの扉にたどり着いた。すでに針は水平になっていた。この中に、何かがあるらしい。

     扉を開けた。

     中では、太いコードと奇妙なメーターの作り出す、いわば集積回路のお化けみたいなやつに覆いかぶさる形で、赤い髪のドレスの娘が何かやっていた。

     娘は振り向いた。

    「遅いわよ、竜崎」

     紅恵美だった。

    「これでも頑張って探したんですけどね。まあ無事でよかった。ところで、質問いいですかね。なにをやってるんですか、所長」

     上司に苦労を見せる部下というものは出世できないものである、とは知っていたが、この状況で紅恵美がわたしの給料を上げたくなるとも思えなかった。

     紅恵美はにこりともせずに答えた。

    「あの時計を止めるのよ。いわば、それがあたしたちに与えられたゲームね」

    「この日曜大工の失敗のようなコードの集積物が、その制御装置ですか?」

    「そうよ。そして、これは、十中八九、この船に仕掛けられた爆発物とリンクしている。あの時計がゼロになる前に止められれば、この船は航行不能状態になることはないわ」

    「どこからそんな結論を」

    「竜崎、ここにあるスクリーンが見える? ワイヤーフレームの船の投影図の中に、あたしたちが、爆発物と推定したものが積まれているポイントポイントが点滅してるでしょ。これをほかにどう判断したらいいのか、教えてくれない?」

     わたしは頭をかいた。

    「たしかに所長の言う通りですね。で……」

     わたしは頭上を見上げた。ガラス張りの天井を通して、「00:00:15:03」という文字が見えた。

    「推理が正しいとして、爆発まではあと15分というところですな。解析はできたんですか?」

    「悪戦苦闘中ね。この二つの細かい穴をなにかで塞げば解除できるんだろうけど、それが何なのか思いつかないわ」

     わたしは針を結んでいた糸をほどいた。

    「所長はどうやってこの部屋まで来たんです?」

     紅恵美はいらいらとした口調で答えた。

    「どうって、針よ。服に針が刺さってたから、それを……なるほど。竜崎。冴えてるわね」

     わたしは紅恵美に針を手渡した。

    「どちらが、どちらです?」

     紅恵美は、自分の持っていた針と、わたしが手渡した針を丹念に見比べた。

    「太さが、若干違うわね……そして重さも若干違う」

     計器をしばらく見ていたが、

    「……はずみ車か」

    「なんですって?」

    「あの時計を動かす、はずみ車よ。慣性モーメントを大きくして、回りやすくする。それがわかれば、後は」

     紅恵美は針を差し込んだ。

    「軽い方を中心に近い方に。重い方を端に」

     その言葉が終わるか終わらないかと同時に、頭上の時計のデジタル表示板の下に、

    『Trick or Treat?』

     という表示が出た。

     時計はすでに『00:00:05:45』となっていた。

     紅恵美は、この回路の中心部に当たる位置から伸びている二本のコードを指さした。一本には『Trick』と、もう一本には『Treat』というタグがくっついていた。

    「このどちらかを引き抜け、ということでしょうね」

    「ヒントは?」

    「ないわね」

    「ギャンブルですか?」

    「ギャンブルよ」

     わたしは時計をにらんだ。

    「三十億ドルを巻き上げた、所長の強運に賭けます。霊感で、一本を引き抜いてください」

    「やるしかないわねえ」

     紅恵美は、コードの一本に手をかけた。

    「いくわよ」

    「どうぞ」

     時計は、もう残り30秒を切っていた。

     ぶちっ。




     船内ではハロウィンパーティーの真っ最中だった。

    「ハッピーハロウィーン!」

     誰かがいった。

     同時に、船内の計四十五か所に、人目を避けて設置されたC-4プラスチック爆薬に差し込まれた雷管に、電気信号が送られた。雷管に収められた雷酸水銀は、起爆薬としてパーフェクトな働きを示した。

     計算された段取り通りに次から次へと小規模な爆発が起き、船は揺れたが、沈没するまでには至らなかった。

     爆発による死傷者は出なかったものの、エンジン、発電機、エレクトロニクス機器などが完全に破壊され、船内の電気設備は機能を停止した。

     船の航行機能は停止。

     乗客乗員を乗せたままで、船は今や幽霊船も同様だった。

     そして……階下と上部をつなぐ扉は、いま、一斉に開かれていた……。

     わたしと紅恵美がそれを知るのは、もうちょっと後の話である。

     いまは、ふたりしてしょうもない会話をするのが精一杯だった。

    「竜崎、賠償金、三十億ドルで足りるかしらねえ」

    「知らないですよ。ボートがたくさんあるんだったら、早めにガメて逃げちゃうべきじゃないですか?」

     とほほ。

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    海外ミステリ107位 リトル・ドラマー・ガール ジョン・ル・カレ

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     大学のころ、「そういえば東西ミステリーベスト100のリストにあったな」……と、下宿先の市立図書館にあった本を借りた。早川書房の、弁当箱のように分厚い、上下二段組の、細かい字がびっしり並んだハードカバーであった。アパートの窓際に二週間積んでおいて、読まずに図書館に返した。いい思い出である。

     何しろ重厚で名高いル・カレの作品である。それ以来敬して遠ざけていたが、今回の企画はいいチャンスだと思い、図書館に頼んでひたちなかの図書館から文庫版上下二巻を借りて読んでみた。一冊一冊がこれまた分厚いが、期日までに図書館に返却しないとペナルティがつく。覚悟を決めて根性で読書である。

     で、読んでみたわけであるが、スパイスリラーとして非常に重い小説であった。ユダヤ人とアラブ人が血で血を洗うパレスチナ、そこでの諜報活動のためにスカウトされた、平凡なイギリス人女優が、熾烈なスパイ戦の中で、「どうやって壊れていくか」を克明に描いた恐るべき小説である。

     なんといっても構成の妙であろう。この主役の女優、チャーリィは、初めは「パッとしない女」として描かれる。それがイスラエルの情報機関モサドから目をつけられ、スカウトを受けると、このチャーリィの入念なまでに作り上げた偽装が外れ、別の意味で「パッとしない」女としての姿が暴かれるのだ。そこから猛烈なまでのモサドによる入念な偽装工作がなされ、チャーリィはパレスチナのテロ組織に潜入させられる、というまでが「第一部」、いわゆる「序章」で、小説の三分の二くらいはこれに費やされる。

     パレスチナへ舞台が移ってからのスリルとサスペンスに満ち満ちた、恐ろしいにもほどがある「第二部」についてはあまり語らないことにしたい。イスラエルのスパイという身分を隠しながらテロ組織の人間とともに生活し、パレスチナの地で生きている人間と起居を共にする、この過酷なまでの現実と向き合わされる「第二部」の冒険を経ることによって、チャーリィの神経はボロボロになってしまうのだ。

     巻末の解説で森詠がル・カレの文章を「ロシア文学」にたとえていたが、東西冷戦でロシアのスパイとの陰謀合戦ばかり書いていたル・カレの小説をロシア文学とはよくいったものである。たしかにそういった「国際スパイ戦」という題材そのものはまさに「ドストエフスキー的な世界」といえるだろう。本書におけるチャーリィの苦しみをドストエフスキーが書いたら、そりゃもうすごいことになっていたのではないか、と思えてならない。

     本書の結末で、ル・カレはひとつの印象的なシーンを描くが、それはひとつのドストエフスキー的な結末でありながら、ドストエフスキーは絶対書かないような結末でもある。そこに半ば公然と陰謀渦巻く帝政ロシアの世界で生きたドストエフスキーと、陰謀が極端に抑制され隠蔽された現代イギリスの小説家であるル・カレとの決定的な断絶があるのかもしれない。なんだかんだいって、ル・カレは現代社会というものの「正当性」を疑っていないのだろう。汚いトリックばかり巡らしているようでも、基本的にル・カレの小説のスパイたちは「正しい側」について戦っているのだ。そうでないとスパイ小説など書けない。難しいジャンルである。

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    というわけで「映画スター トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて」見た

    映画の感想

    「会社が早めに終わったので、映画館へ行ってきたルン。今の段階では何を書いてもネタバレになるので注意して書くルン。

     映画見たルン……。最高だったルン……。

     ラストシーンでは感極まって泣いちゃったルン……。

     この映画が『友情 努力 成長』の映画であることが実によくわかるルン……。

     これまで何作もプリキュア映画見てきたけど、その中でも最高傑作ルン……。

     こんないい映画を『推薦』もしなければ割引チケットも配らない文部科学省はアホルン……。

     超大作だけが映画じゃないルン……。80分でも面白い映画は撮れるルン……。

     ミラクルライトももらったし、文字通りにプリキュアをひとりじめルン……」

    「つまり、観客、ポールさんしかいなかった、ということですね」

    「オヨヨ」

    「平日16:50からの上映だったでプルンスからなあ」

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    シネマサンシャイン土浦で映画を見てきた。最高だった

    映画の感想

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    海外ミステリ107位 ビロードの悪魔 J・ディクスン・カー

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     ディクスン・カーといえば昔から「入手難」という言葉がまとわりつく作家である。本書「ビロードの悪魔」も、名前こそは聞いていたが古本屋ですら見たことがない作品だ。というわけで、初読である。短編「パリから来た紳士」など名作ぞろいのカーの歴史ミステリの中でも特に評価が高いとあれば、期待も高まろうというもの。図書館に入るのをどきどきしながら待っていたら、思ったよりも分厚い本で別な意味でどきどき。さて、どうか。

     読んでみたわけだが、なんというか……読者をペテンにかけることでは卓越した腕を持つことでは定評があるカーだからこういうトリックやツイストも納得できるし、「ユダの窓」など、ストーリーテラーとしての才能も人並み優れていることも知っていたが……この「ビロードの悪魔」という作品、ディクスン・カー先生、筆が滑りすぎだ。自分の趣味を全開にしているのは微笑ましいが、この作品は、微笑ましいを通り越して、「こっぱずかしい」タイプの作品なのである。

     そもそも、1925年のイギリスに住む歴史学教授のニコラス・フェントンが、三百年前の毒殺事件を解決するため、悪魔に魂を売って1675年のイギリス貴族ニコラス・フェントンに乗り移り、身体を乗っ取って、毒殺されるはずの妻をその運命から救おうとする、という導入からしてすごいが、そこからの展開もまた、政治的陰謀渦巻く世界で、恋あり義侠ありチャンバラありといったゴージャスぶり。犯人探しもそこそこに、話は「三銃士」や「紅はこべ」のような冒険伝奇ロマンとなっていくのであった。こういう話が昔から書きたかったんだろうなあカー先生。その気持ちはよくわかるが、肝心の冒険ロマンの部分が、読んでいてもう実に恥ずかしい。

     この恥ずかしさはどこからくるのかを考えた結果、カーの「中二病」な部分が如実に表れているからだ、ということに考えが至った。この作品は、ギレルモ・デル・トロ監督が「11歳の自分」を楽しませるために作った映画「パシフィック・リム」と同様の視点で見るべきなのだ。ここで本書を書いているカーは、デュマやオルツィの冒険小説に熱中していた11歳の脳味噌になっているのであり、その妄想をベテランミステリ作家としてのテクニックでもってひとつひとつ展開していっているのである。

     つくづくクリスティと比べてしまう。あのミステリの女王にも「秘密機関」などの冒険小説はいくつもあるが、それはまだ「抑制のきいた」ものであった。対して、カーのこれは徹頭徹尾「オタク」のものしたそれである。歴史オタクでフェンシングオタクで幻想小説オタクでミステリオタク、といううえに熱烈なまでの「王党派」である、カーの特異な知識と趣味が奇跡のように悪魔合体してできた小説がこの「ビロードの悪魔」をはじめとするカーの歴史冒険ミステリなのだろう。

     そういう視点から見ると、本書はなによりもこれから「ラノベ」を書こうと思っているアマチュア作家が参考にすべき本かもしれない。ファンタジー要素と冒険要素とミステリ要素の充実ぶりは他の作品を寄せ付けないうえ、「プロが本気で好き勝手やった小説」の具体例がそこにあるからだ。作者のそれと波長が合う人間なら、面白くて面白くて仕方がない、解説で山口雅也がいっているように「巻措く能わざる」徹夜本なのである。健闘を祈る。

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    海外ミステリ107位 黄色い犬 ジョルジュ・シムノン

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     シムノンのメグレ警視シリーズは膨大な数にのぼるが、その中でも代表作のひとつとして名高い小説である。高校のころ、創元の合本で「男の首」と一緒に読んだ覚えがあるが、内容は完全に忘れてしまった。新鮮な気持ちで再読。

     で、読んだわけであるが、ある人いわく、「メグレなんて、想像力だけでできているような男だ」まさにその通り。この平和な港町を恐怖のどん底に陥れた事件に対し、メグレは直観と想像力だけで戦うのである。その独特な捜査ぶりには読んでいてほんとにくらくらきた。こんな奴に見込まれた犯人が気の毒である。

     これが折原一とか中町信だったら叙述トリックにするんだろうなあ、というような事件であるが、シムノンはこれに正面から答えて見せた。力技というもおろか、小説家としてのシムノンの剛腕ぶりが如実にわかる。ちょっとでもパワーと勢いがそがれたら空中分解してもおかしくない小説なのだ。

     メグレ警視シリーズは、この85年版「東西ミステリーベスト100」に、101位以下も含めると「男の首」「黄色い犬」「サン・フォリアン寺院の首吊り人」と3作ランクインしているが、どれもこれも「まっとう」な代物ではない。「シムノンの小説」とでもいうしかない作品である。

     一時期、「新しいミステリ」の代表として、シムノンとメグレがやたらと取り上げられたことがあるそうだが、「新しい」とか「古い」とかではないのだ。シムノンはシムノンであり、孤絶した「オンリーワン」なのだ。だから、「肌に合う」人間には異常にぴったりくるし、ダメな人間にはとことんダメだろう。

     今回は、バーミヤンでフライドポテトをサカナに軽く一杯やりながら読んだ。先のまったく見えない五里霧中な事件をメグレに鼻面をとられて引っぱりまわされるのはミステリファンとして無上の快感だった。こうなってくると、河出書房新社のシリーズを片っ端から読みたくなってくるが、土浦市立図書館にはさすがにおいてない。さっきも書いたように、「シムノンの小説」が肌に合う人間しかピンとこないシリーズなので、そういう人間は、この日本ではどう考えても少数派だろう。だから、早川や創元が改訳版でシリーズ全巻を出す、とかいうことには天地がひっくり返ってもなるまい。

     少し前、ローワン・アトキンソンがテレビでメグレをやって話題になっていたが、この「黄色い犬」みたいな事件を演じるには、ローワン・アトキンソンでは少し線が細くてインテリじみているような気がする。やっぱりジャン・ギャバンでないとダメなのか。ほかに演じる人はいないか……と思ったら、ひとり適任がいた。

     片岡千恵蔵(笑)。

     わたしが映画会社の社長だったら、片岡千恵蔵主演で「日本版メグレ」を撮らせていたと思う。金田一耕助より、よほどはまり役だったんじゃないのか。惜しい(笑)。

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    「ゴルゴ13」(1983)見た

    映画の感想

     存在だけは知っていて、前から気になっていた映画である。特に当時から謳い文句になっていた「史上初の3DCGアニメ」には興味を惹かれるものがあった。近所のレンタル屋に置いてあったので、虎視眈々と狙っていたが、なかなかきっかけがつかめない。今回のブログDEロードショーが「秋の夜長のミステリー企画」だったので、便乗して見ることにした。

     で、見たわけだが。

     怪作である(笑)。後述するCGを除いても、怪作すぎるほど怪作なアニメだった。誰だよこんな企画立てた東宝の責任者(笑)。

     怪作が怪作たるゆえんであるが……。

     その1:芸術的なプロット。メインとなるプロットに、いくつかのサブプロットを組み合わせているのだが、もうちょっと取り合わせを考えようよ(笑)。特に二番目の殺しになるモレッティー一家惨殺とドクターZは、登場するキャラクターがメインプロットのキャラクターよりも濃すぎて、本筋が何だか分からなくなる。ゴルゴのスナイパーとしての魅力を見せるための殺しもサブプロットのほうだし、これはもう、脚本段階でもうちょっと考えるべきだったんじゃないかなあ。

     その2:芸術的なコンテ。ゴルゴの劇画の面白いところといえば、さいとう・たかを先生の、細部までこゆるぎもしない写実主義的な絵でもって、徹底的にリアルでカッコよく誰にでも一発でその場の状況がわかるような流れで進めていくところだと思うのだが、出崎監督、らしいといっちゃらしいのだが、演出が、ハードボイルドというよりも、ヨーロッパ映画か、と思うような、どことなくファンタジーを思わせるコンテの切り方をしており、シャープでハードなゴルゴを期待していると、「なんじゃこりゃ」感が否めない。拳銃を構えていたかと思うと女のヌードが出る、という、まことに前衛的かつ芸術的な画面構成なのだ。面白いっちゃ面白いけど、「これ、ゴルゴだよな」と首をひねりながら見る始末。そのうえに脚本が混乱しているから、ボーっと見ていると「なにがなんだかわからない映画」に見えるのだ。

     その3:芸術的なキャラクター。先ほども書いたが、出崎監督の絵と、さいとう・たかを先生の絵とは、目指しているものがまったく違う。シャープでハードな線ではなく、むしろ少女漫画的なのだ。エースをねらえ!みたいな。ゴルゴの世界の住人にしては、悪役まで線が細すぎるのである。そしてまた、悪役が、そろいもそろってファンタジックなやつらばかりで、出崎監督の演出も入れると、ほんとにおれが見ているのはゴルゴなのか、と思わされること請け合いである。女性キャラも、さいとう先生のキャラとは思えないほどお目々ぱっちりでフランス人形みたいだ。

     そしてとどめ! その4:芸術的なCG! これについては「見てくれ」としかいいようがない!(笑) タイトルあたりのCGはまだ見られるけど、クライマックスで、ビルを襲うヘリコプター部隊が、ビル街(笑)をすべるように(笑)飛んでくるシーンは、そのヘリのリアルさ(笑)も含めて一見の価値がある。一見で十分だが(笑)。正直、これなら手で描いたほうがマシであろう。よくこれで東宝がOKを出したな、というよりも、CGアニメということで宣伝した手前、引くに引けなくなっちゃったんだろうと思われる。

     今回見てみて、あらためて、2008年版の舘ひろしゴルゴのカッコよさを痛感させられた。あれについても文句は山ほどあるが、このアニメのような怪作ではない(笑)。当分ゴルゴはいいや(笑)。

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    海外ミステリ107位 ゴーリキー・パーク M・クルーズ・スミス

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     小学生の時に読んだ桜井一の名著「名探偵100人紳士録」に、この本と、その主人公レンコが紹介されていた。それ以来気になっていて、四半世紀前の高校生のみぎり、水戸の市立図書館でやたらと分厚いハードカバーを借りて読んだ。ものすごく暗い話だったと記憶している。ちなみにその記事で知ったもうひとつの名前が「ストリッチナヤ」で、大学に進んで下宿生活を始めたとき、まっさきに酒屋へ走って行って「CCCP」の刻印が打たれたやつを買ったものである。アルコール度数40%のウォッカだ。昔から、のりやすい人間だったらしい。

     それ以来、ずいぶんとひさしぶりの再読である。果たして人生経験(というほどのこともないが)を積んでからこの本を読むとどうであろうか? 楽しみではあったが怖くもあった。

     ……で、読んだわけだが。こんな大人向けの暗いミステリ、前途に希望を持ってるような高校生のガキが読んではいかん。こんな本を読むと抑鬱症を発症し、人間不信もはなはだしいひどい根暗人間になってしまうぞ。それほどまでに、冒頭、モスクワのゴーリキー公園で三人の惨殺死体が発見されるショッキングなシーンから、結末の雪中のシーンに至るまでの、死体がごろごろ出てくる、主人公であるソビエト連邦人民警察主任捜査官アルカージ・ワシレヴィッチ・レンコの転落行はすさまじい。書かれたのは1981年、まだソ連が健在で、冷戦ど真ん中という時代である。そんな中で、ロシアを舞台に、血の通った人間としてロシア人捜査官を描き、リアルな警察小説を書くというのがどれほど困難なことであったか、作者のマーティン・クルーズ・スミスも、彼に協力した亡命ロシア人などの情報提供者たちも、よほどの生命知らずであったとしか思えない。

     ページを繰っても繰っても重苦しい裏切りと陰謀の連続で、死体が山のように増えていくが、プロット自体は堅牢で、真相も「なにもここまで」というような強烈なものが用意されている。そんな息が詰まるような空気に慣れてしまったせいか、結末でレンコがとった行動は、あまりにも救いがないものなのに、読んでいると妙な清涼感と感慨を覚えてしまうのだ。

     ここまで書いたように、この小説は救いのない未来を予感させる、ある意味「美しい」結末を迎えるのだが、まさか大学在学中に、「続編」が読めるとは全く思わなかった。転落の果てに人民警察の職も社会的身分も党の信頼も何もかも失ったレンコは、北洋漁業の漁船の雑役夫としてベーリング海で働いていたのである。1992年発売の新潮文庫の「ポーラー・スター」を大学図書館で見つけたときは「ウソだろ?」としか思えなかったものだ。その後もベネッセ(「レッド・スクエア」1994年)、講談社(「ハバナ・ベイ」2002年)、と、複数の出版社を渡り歩きながら邦訳されていった。20年近くで4冊である。作者がレンコという独特な個性から離れられないのか、日本の編集者のあいだに熱烈なファンの地下組織でもあるのかわからないが、書くほうも書くほうだが、つきあうほうもつきあうほうだ。

     こうなったら未読の「レッド・スクエア」と「ハバナ・ベイ」にも挑戦……といきたいところだが、「ゴーリキー・パーク」だけではなく「ポーラー・スター」も読者を鬱病にするような重苦しい長編だったんじゃあ! 鬱々しているときにそんな恐ろしい本読めるかあ! というわけで、もうちょっと落ち着いたときまで取っておくのである。それに、読まねばならない本、まだまだあるしな……。

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